以前にも触れていますが、史実と認められていないものの、千葉県には壬申の乱で破れた孔文天皇―大友皇子にまつわる伝説が有ります。
乱で破れた後、近臣の者と上総に逃れ、御所を開きましたが、乱の勝者天武天皇―大海人皇子の追討軍に敗れて自害した…というものです。
小湊鉄道と久留里線に挟まれた辺り、この伝説は地名として残っております。
そして、壬申山とか御所塚山といった山も有るのですが、この辺りから東へ向かうと、限山という山が有り、こちらには孔文天皇妃―十市皇女が逃れたものの、ここで産気ついて動けなくなり、死産の末、妃も亡くなったとされています。
もちろん、こちらも史実とはされていませんが、この限山近くの筒森という集落には、里人が孔文天皇と妃を哀れに思い、手厚く弔い社を建てたのが由来とされる筒森神社が有ります。
史実はさておき、この神社の主祭神は十市皇女なのです。
さて
先日の香木原古道を歩き終えた後、少し時間が有ったので、この筒森神社に寄ってみることに。
何年か前に筒森トンネルが出来るまでは、清澄養老ラインはこの集落を抜けておりました。
そこに神社が有る事は気づきませんでしたが、だいたいの場所は調べていたので、行ったらすぐに分かりました。
思ったより小さい…それに名前も何処にも書いていなさそう…
しかし、乱に敗れ、更に追討軍に敗れてひっそりと亡くなられた妃は、あまり立派に祀られるより、ひっそりと祀られた方が望みだったかも…
そんな気がしました。
集落よりやや南、清澄養老ラインに黄和田トンネルが有りますが、おそらく限山はこの辺りではないでしょうか。
さて
本来はもう少し回りたいところも有りましたが、寝坊により行動開始が遅れた為、それは叶わず…
この日はこれで帰路につきました。
寝坊により…と言えば、慌てて家を出た為に、フォールディングバイク&背負子を忘れてしまったと書きましたが、身を屈めて倒木を潜ったり、藪こぎする事がかなり有りましたから、結果的には持っていかなくて正解でした。
それに、山を抜けて舗装路になってから歩いたのは、せいぜい30分弱。
別に長くもありません。
忘れたのは天のお告げだったのも(*^^*)
なんにしても、先に筒森神社へ行ったので、近いうちに壬申山や御所塚山も行かねば!と思っています(  ̄▽ ̄)
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