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2017年07月31日20:44

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テレビを見れば。。。。part0176



 皇統廃絶クーデター発生74日目、極東戦域核戦争開戦28日目(ToT)。〔緊急連載〕現代日本・政治経済史まとめ・その10。正直、こんなに長引くとは思わなかった。すでに原稿用紙で100枚越え、戦後アウトラインのダイジェストだけで50枚以上書いてる。それのアウトラインさえいつ終わるのかさっぱりわからない(-_-;)。


だりか、がわってぐれーーーー(ToT)(ToT)(ToT)。


もう、クソ役人とクソ学者のデタラメ放題の「後始末」はいやじゃーーーーー(ToT)。人の尻拭くの「仕事」で十分すぎるほどやってんだよ(怒)、何でその上クソ役人とクソ学者の尻までなんで拭いて回らなきゃ何ねーーんだよ(激怒)!ふーーーーー、あったまにくるが誰もやらないなら俺がやるしかない(ToT)。おそらく、本稿は


左右の「思想的背景」を前提に自民党史を論じた「最初の論考」


だろう(-_-;)。なぜ誰も書かん?マスゴミの「報道しない自由」はおそらく今年の「トゥールス流行語大賞」の最有力候補だろう(黒笑)。だったらさ、そろそろクソ役人とクソ学者共の「論考しない自由」も問題視されてしかるべきではないのか?「報道しない自由」より実ははるかに「悪質」で「深刻」な問題だぜ?「報道しない自由」には海外メディアとネットという「風穴」が空けられるが、「論考しない自由」には日本語バリアと民度の絶望的低さが災いして「鉄壁の守り」が保持されている(怒)。


それが国民の「自由」を「左右」すると何故気付かない?


はーーーーー、胃がいたひーーーーーー(ToT)。ぐぞーーーー、いくら愚痴っても所詮おいらの「ひとり道(ToT)」話をはじめよう。前回、竹下登が自民党の「正常化」を遅ればせながら策したが病に倒れ、弟子の小渕恵三がすべてをひっくり返して日本を「財政的地獄道」に引きずり込んだ挙句に「頓死」したってとこまでやった。さて以後の自民党内の派閥構成は以下のとおり


第8ラウンド 清和会(森派)+分裂宏池会(谷垣・古賀・麻生の3派)+近未来政治研究所(山崎派)

               VS

       平成研究所(旧経世会・橋本派)+政策研究会(高村派)+政策科学研究所(亀井派)


(2000年〜2011年)当初は平成研・政科研とも協力関係にあり、挙党一致による連合政権だった。正直、森喜朗総理は有能とは程遠い人だったがちゃんと段取り踏んだ人選であり自民党再建のためにはやむ得ない人事だっただろう。だが、闖入大政翼賛会(レッド派)を主流派に引き入れてただですむわきゃーーない(-_-;)。それは1年たたずにはじまった(怒)。政策科学研究所(亀井派)の分派・近未来政治研究所(山崎派)・山崎拓が宏池会(加藤派)のボス・加藤紘一をだまして野党の「不信任決議案」への「賛同」を取り付けたのだ。


??????意味が全然わからない??????


と思った人は正常だ。首謀者はあきらかに山崎拓なのに、人呼んで「加藤の乱」(笑)。朝鮮総連系の議員だった山崎拓が中曽根に命じられて「宏池会つぶし」の攪乱工作を仕掛けたというのが実態だろう(-_-;)。しかし、加藤紘一は何を考えていたんだ?当時の情勢から考えれば森総理の後継は加藤紘一本人である蓋然性はきわめて高かった。しっかり、総理総裁をささえ「順手の努力」を摘む所だろうに(-_-;)。なのに、山拓とマスゴミに煽られて


「逆手の勝負」を仕掛けちまった(黒笑)。


まさに「役に立つ白痴」そのものだ(ToT)。やるなら、小沢と同じように外部の手蔓を確保した上で派閥を率いて「脱党」に踏み切るべきだった。「順手の努力」もしない、「脱党」もしない、必要性皆無の「倒閣運動」だけはするって何がしたかったんだよいったい?当たり前だが、清和会の小泉純一郎と平成研の野中広務に猛烈な切り崩し工作をかけられ宏池会は分裂、自身も谷垣禎一議員ら泣きながら引き止められて棄権に追い込まれ、2年後に党と議会から追放されることとなる。正直さ(-_-;)、事後の経緯から見ると


山崎拓と小泉純一郎はグルだった


んじゃないかって疑いが晴れないんだよね。後継総理は小泉純一郎で山崎拓は幹事長だし、「事後利得者がホシ」だってのは推理ものの鉄則でしょ。ま、いい、加藤紘一は親中派の「日本のヒラリー」消えてもらっても一向に構わないんだけどね。しっかし、間抜けすぎる(-_-;)。この加藤追放劇で存在感を増した小泉純一郎はその後「小泉旋風」とよばれる国民的支持を獲得し、翌2001年の総裁予備選挙でも地滑り的大勝を博して総理総裁の座に着く.そ・し・て・始まったわけだ


徹頭徹尾の平成研(旧経世会・橋本派)つぶしが(-_-;)。


竹下登亡き後の平成研は野中広務をはじめとする革マル派系列の極左議員の「独壇場」になってしまっていたからね。しかし、情けない(ToT)。平成研もともと「戦後日本の司令塔」保守本流・周山会だせ?田中・竹下・小沢・小渕と四回の「乗っ取り・裏切り行為」によってついに「闖入大政翼賛会」同然の極左派閥に落ちぶれ果ててしまったたわけだ(怒)。小泉純一郎内閣のやったことを一言で言えば


徹頭徹尾の「組織防衛」だったんだよね(-_-;)。


まずは自民党、ついで日本国、そして最後に清和会(森派)と小泉総理は自らが属する3つの組織に「忠誠」を誓って「組織防衛」の手をとことん打った。「組織に忠誠」って平成の世ではよっぽと「珍奇」に映ったらしく「変人総理」とあだ名がついた(笑)。そんな小泉総理には「もともとの相棒」である清和会(森派)を22年間も蔑ろにした、平成研(旧経世会・橋本派)が憎くて憎くて仕方がなかった(黒笑)。1995年に「復縁」したが2年でまた裏切られた。「もういい(激怒)」が本音だっただろう。そして、


YKKと呼ばれた派外連絡網を通じて平成研と宏池会を「分断」


し、平成研ではなく宏池会と「新提携関係」を結んだ。そして、叩いた徹底的に。その総仕上げが同和対策事業特別措置法の廃止と革マル派系列の組織が労組を牛耳る郵政事業の民営化による平成研の「資金源つぶし」だった。ちょっと「ゾクッ」とくる手腕だよね(-_-;)。絶対、喧嘩売っちゃいけない人だわ。ついでに中曽根を「大勲位、定年です」と自民党から放り出した(笑)。小泉総理グッジョブ!


だがあの中曽根にそんなことしてただですむ分けない。


当然のように平成研(橋本派)と政科研(亀井派)が郵政民営化法案の採択に反対する「造反」にでるが、ここからが小泉純一郎の「独壇場」。参議院での否決を聞いたとたん「はっはっは」高笑いすると一言「解散する」と参議院の法案否決で衆議院を解散するという


前代未聞の「奇策」に迷わず打って出た。


世に言う「郵政解散」だ。すかさず、「造反」議員の自民党公認を剥奪し、主要候補の選挙区に「刺客候補」と呼ばれた対抗馬を送り込み徹底的に「つぶし」をかけた。国民は長らく平成研(橋本派)的「裏取引」ばっかり見せられてうんざりしていたので「真っ向勝負」する小泉純一郎を熱狂的に支持した。


はーーー(-_-;)、小泉総理やっぱ「ケンカの天才」だわ。


22年間我慢して我慢して我慢して「敵」をギリギリまで引き付けて、「一発勝負」で根こそぎ叩き潰した。「郵政解散」なんてまさに「アート」だわ。その後は小泉総理の思いどうりになった。そして郵政関連法案を可決させると、弟分の安倍晋三に総理職を、息子の進次郎に選挙区を譲って飄々と「引退」した(2006年)。そして、第一次安倍晋三内閣が始まった。その話はまた次回語ろう。とほほ。




おまけにみくしー検索かけてみました。


「小泉純一郎」

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