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2016年07月18日20:49

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テレビを見れば。。。。part0094



 さてと、緊急連載「北方領土史」の第17弾。前回、「黒船来航」と「ロシア軍の対日軍事侵攻」が「同時並列的」に起こった1853年のことをやった。今回は予告道理は「川路聖謨」についてやります。 この人何者なのか?本人には悪いけどはっきり書くね


幕末の「ルーピー鳩山」なんだってことを。


ふーーー(-_-;)。ほんと鳩山由紀夫そっくり。生まれは悪くなく、学歴・経歴も見た目だけは人に劣らない。だ・が、生まれ着いて行動が「バカ」で無責任な人。そうとしか評し様がない。悪い意味での「典型的な官僚」だね。元々は水野忠邦に引き立てられた財務官僚で密貿易等の取り締まり強化に辣腕を振るって強権一筋のネオ・バカ殿派内部で頭角を現した男。水野失脚後、奈良奉行に飛ばされていたが深刻な「幕臣の人材枯渇」に悩まされた阿部老中に1852年に呼び戻され公事方勘定奉行に任じられ翌年、海岸防禦御用掛を兼務した。そして、奴がやってきた。1854年10月21日久春古丹から撤退したから「もう大丈夫」とでも思ったのか「悪魔のペテン師」エフィーム・ヴァシーリエヴィチ・プチャーチンが函館に4たび来航したのだ。当たり前だが日本側はケンモホロロに追い返した。そしたら翌月、プチャーチンは大阪沖に5たび来航。ペリー式の威圧行為を試みるが大阪城代が砲撃用の陣地構築を始めるのを見て逃亡。1854年12月03日プチャーチンは下田に6たび来航。幕府は根負けして使節団を送った。


それが失敗だった。


丁度、直後の1854年12月23日安政東海地震が起きて船が沈んでしまったんだから水戸斉昭の進言道理、全員「たたき切る」かせめて追い出すべきだった。その半年前まで日本領土に軍事侵攻していた「敵国」なんだからそれが当たり前。せめて、ゲンナジー・ネヴェリスコイの身柄引き渡しもしくは代理処分を「交渉前提」とするべきだった(怒)。だが、ここで「対ロ妥協」の「大歩危」かましたのが当時の幕府全権だった「幕末のルーピー」川路聖謨だった。「悪魔のペテン師」プチャーチンの「上辺だけの厚遇」に気をよくして1855年02月07日日露和親条約を締結し


「日本国領土」を「売った」のだ


絶句。ありえねーーーーーーΣ(OoO)。ときどきこういう奴現れるよね。私的情緒と公的・法的倫理をゴッチャにしちゃう奴。まさにサイテーーー(-_-;)。公私混同もいいところ。本来なら一族切腹のお仕置きになるところだぜ。幕法に照らせばさ(怒)!ここで「北方4島」の定義について語っておきたい。「北方4島」とは国際法的には以下のとおり


�‘仕貊�島、(歯舞諸島・色丹島・国後島・択捉島)

�∪蘚臀�島、(得撫島から阿頼度島までの22島)

�K務鯊澄�(北緯50度以南の樺太)

�て邀鯊澄�(北緯50度以北の樺太)


これ以外の「定義」は無い。なぜなら日ロ間の国際条約および協定で定められた「国境」ならび「軍事境界線」はこの区分で分割・運用されているのは「事実」だからだ。政府が何を言おうが、メディアが何を言おうが、学会が何を言おうが、「関係ない」のだ。


国際法的にはこれが「事実」。


北方四島を「=道東諸島」に再定義したのは海部俊樹で1991年4月の話。だが、だれもこの悶絶するような「売国行為」を指弾しなかった。海部元総理には今からでも遅くないから「御自裁」いただきたい(怒)。そして、政府も国民も「国際法規」に従った正しい「定義」を受け入れてもらいたいもんだね(-_-;)。それできなきゃ「国際裁判なんて知るか!侵略サイコーー!」と叫んでる隣のイカレタ独裁国笑えないぜ!話をもとに戻す。1854年の段階で「北方4島」うち� �道東諸島、��、北樺太�ぁ�南樺太は文句なしに日本領土だった。�◆∪蘚臀�島は全ての島の島名が「アイヌ語」で付けられているとおり元々「日本固有の領土」だったが1711年の「悪魔の申し子」コズイレフスキーが率いる第二次ロシア対日侵略軍の侵攻以来、特に北部は150年近く施政権を行使していなかったので悔しいけど時効の法理において国際法上「同時入植」とみなすしかなしえなかった。ほんと泣くほど悔しいけどね(ToT)(ToT)(ToT)。だから、国際法に従った正常な交渉をもってするなら


�‘仕貊�島、�K務鯊澄↓て邀鯊澄△脇�本領。�∪蘚臀�島は日露で分割。


となるはずだった。なのに川路は


�‘仕貊�島、は日本領。�∪蘚臀�島はロシア領。�K務鯊澄↓て邀鯊澄△脇�露「共同統治」


にしたのだ(激怒)!面積でいえば「共同統治」を南北分割とみなせば83500平方キロ→41000平方キロと「半減」以下だ(ToT)。だがまもなくそれ以上に酷い状態であることが明らかとなった。そう、シベリアからお馴染みの「武装移民」が翌1856年をもってゾクゾクとやってきたのだ。さあ、男は奴隷・女は強姦の「ロシアン・パラダイス」のはじまりだ(ToT)。またしても犠牲になったのはアイヌの女子供達だった(怒)。みんな、泣きながらゾクゾクと最南端の久春古丹まで逃げてきた。同僚の村垣範正や堀利煕、水野忠徳が仰天して「対策」に走り回る中、川路は飄々と禁裏御造営御用掛・朝鮮使節来聘御用と宮中、半島関係部署へと「逃げ」出した。辺野古放り出してやれ、クリミアだ、AIIBだと「逃げ」回る「ルーピー鳩山」そっくり(ToT)。それでこのタイプは自分の不始末になんの「良心の呵責」も感じずにすむんだから最悪だよ(-_-;)。さすが、ネオ・バカ殿派、絶対「責任者」にしちゃいけないタイプだわ。国民は「川路聖謨」許すまじ!そして、いまだに終わらず悪化し続けているこの大馬鹿野郎の「後始末」の話はまた次回語ろう。うんざり(ToT)。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。 あれれ、あったよと思ったら自分のでした。ま、そうでしょね(-_-;)。とほほ。


「川路聖謨」


日記 検索 (1件)ひっと。


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