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2026年09月21日08:23

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見 2026年9月21日(月曜日)           

『遊郭の女性たち』

あなたは、どんな時が一番リラックスできますか?
娯楽は、この数十年で随分と変わりました。
今は、スマホが一番の楽しみごとになっている方も多い気がします。
電車に乗っていると、かなりの方がスマホを見ているのがわかります。
私の娘時代は、本を読んだり、編み物をしたりしている人がいました。
あの頃とは、時間の過ごし方が大きく変わった気がします。

ところで、あなたは、ご自分の良さといいますか、いいところといいますか、好きなところはどこですか?
ご自分で、ご自分のいいところをわかっていないと、すぐに心が弱々しくなり、自信なんてどこかに飛んで行ってしまいます。
そして、ご自分の心を傷つける言葉ばかりをつぶやいて過ごすようになりますよ。

日本には、昔、身売りされてきた娘たちが遊女となって、夜な夜な性を売っていた時代がありました。
性を売った代償は大きくて、性病を患ったり、楼主(主人・経営者)から折檻されたりもしていました。
こんな遊女たちの過酷な世界を、人々は「苦界(くがい)」と呼んでいましたからね。
江戸時代、日本の三大遊郭というのがありました。「江戸の吉原」「京都の島原」「大阪の新町」です。

豊臣秀吉が、遊女屋を一か所にまとめて管理したのが遊郭です。
遊里(=遊郭)は柵などで囲まれていることが多く、吉原では堀や塀で外界から隔離されていました。
遊郭の女性の立場は、現在とは違って、かなり厳しかったのです。
江戸時代、遊郭(幕府公認の場所)は全国に20〜25か所あったそうです。
また、幕府非公式の「岡場所」は、江戸市中だけでも200か所以上あったといいます。
全盛期には、公認の吉原遊廓だけで約3,000人、非公認の岡場所などを含めると、江戸全体で約1万人の遊女(女郎)がいたと言われています。
全国的に見たら、いったいどれだけの女性が辛い思いをしていたことでしょう。


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