mixiユーザー(id:65789075)

2026年09月05日10:18

52 view

歴史研究部  神武東征の仮説

東大阪の孔舎衛坂で一度敗戦し、
地形から考察するに、次は大和川さかのぼり、
亀の瀬渓谷から奈良入りを目指すが、
急流で狭く、待ち伏せされると不利な土地柄、
さらに南下し、和歌山県の熊野付近で上陸し、奈良を目指す、、、、
フォト

実際、熊野を三度訪問するが、
309号線や169号線は非常に険しく、
熊野信仰が盛んになった平安からの修行道であって、
神武天皇一行をなかなか感じることが出来ず、
全体的に平坦なところを流れる紀の川をのぼり、
五条を超えると、そこは高鴨神社があり、
フォト
フォト
京都府京都市の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)
を始めとする全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社であり、
元祖カモ氏が住む地域。
そしてカモ氏と言えば、有名な八咫烏。
フォト
その導きで吉野川をさかのぼり、宇陀入りの方が、
よほどしっくりくるという考えが頭の中をよぎる。
さらに、弥生遺跡の一つ鴨都波遺跡では、
紀伊(和歌山)との盛んな交流が認められる他、
瀬戸内の土器も出土していて、
神武天皇が三年かけて東征準備をした地と関わりを持つ。
東大阪の孔舎衛坂で傷を負った兄の五瀬命が
水門吹上神社(湊本えびす)に、神武天皇聖蹟男水門顕彰碑があり
この場所で無念の雄叫びあげ、亡くなった。
フォト
フォト
和歌山市和田438にある「竈山」神社横に葬られた。
フォト
フォト
両方とも紀の川河口の南側に位置し、
近くの矢宮神社には八咫烏(カモ氏)まで祀られています。
フォト フォト
神武御東征のさいに活躍された道臣命(大伴氏の祖先神)が
主祭神の刺田比古神社まである。
フォト フォト
大和地方の豪族、大伴氏とカモ氏の関係が見えてきそうです。

現地でお話しするのは、大事で!
矢宮神社の宮司さんからお聞きしましたが、
「高鴨神社は八咫烏のカモ一族の系統では無い!」とのこと。
でも、宇陀にある八咫烏神社は同系列であると、断言されました。
最初は御所にある高鴨神社がカモ一族つながりで、
吉野まで導いたと思っていましたが、間違いで、
宇陀にある八咫烏神社と繋がっていました。
賀茂建津身命を祀られてることが、大切なようです。
そのことからも、熊野本宮大社も違うことがわかる。
ということは、紀ノ川(矢宮神社)⇒吉野川をさかのぼり、
奈良の宇陀(八咫烏神社)入りをしている方が、自然にみえてきそうです。
フォト

(左から右の矢印→ほぼ一直線・・・紀の川ルート)

この推理を【 神武東征の紀ノ川さかのぼり説 】と、
勝手に命名しようと思います。

和歌山は、神武東征で重要な地点である気がする。
●天道根命・・・・日前神宮・國懸神宮(元・濱宮←元伊勢)
●五十猛命・・・・伊太祁曽神社
●道臣命・・・・・刺田比古神社
4 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する