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2026年08月09日13:36

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最近、思ったこと。part0357-2


{記事が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、そして続き}

前回の年表から抜き書きしてみたが、「国語力低下」でこれでさえわかんない奴続出だろうから(怒)、前回の区分とは別だが、「ダイナシティ」毎に"副帝"含め分類しなおした「年表」がこれ、


� 屮妊�オクレティアヌス体制とその崩壊」285〜324年(39年間)

285年 ◎ディオクレティアヌス

ディオクレティアヌス帝がマクシミアヌスを任命

286年 〇マクシミアヌス          /◎ディオクレティアヌス

ディオクレティアヌス帝がコンスタンティウスとガレリウスを任命

292年 〇マクシミアヌス▽コンスタンティウス/◎ディオクレティアヌス▽ガレリウス

ディオクレティアヌス帝とマクシミアヌスが退位、ガレリウス帝がセウェルとマクシミヌス・ダイアを任命

305年 〇コンスタンティウス▽セウェルス  /◎ガレリウス▽マクシミヌス・ダイア

コンスタンティウスが急死、息子のコンスタンティヌスが正帝に名乗り上げるがガレリウス帝の説得で副帝就任

306年 〇セウェルス▽コンスタンティヌス  /◎ガレリウス▽マクシミヌス・ダイア

同年マクシミアヌスの息子マクセンティウス反乱、イタリア制圧する。

306年 〇セウェルス▽コンスタンティヌス●マクセンティウス/◎ガレリウス▽マクシミヌス・ダイア

マクセンティウスがセウェルス軍を撃破してセウェルスを逮捕し翌年処刑する。

307年 ▽コンスタンティヌス●マクセンティウス/◎ガレリウス▽マクシミヌス・ダイア

ガレリウス帝が退位し、後継にリキニウス将軍を指名

308年 ▽コンスタンティヌス●マクセンティウス/◎リキニウス▽マクシミヌス・ダイア

引退したガレリウス帝の主催した会議で「副帝」が廃止され、コンスタンティヌスとマクシミヌス・ダイアが正帝に昇格

310年 〇コンスタンティヌス●マクセンティウス/◎リキニウス〇マクシミヌス・ダイア

ガレリウス先帝・ディオクレティアヌス先々帝が相次いで死去、内戦開始、まず、リキニウス帝がマクシミヌス・ダイアを撃破し戦死させる。

312年 〇コンスタンティヌス●マクセンティウス/◎リキニウス

ついでコンスタンティヌスがマクセンティウスを撃破して処刑する。

313年 〇コンスタンティヌス         /◎リキニウス

翌年コンスタンティヌスがバルカンに攻め込み、10年続く「全面戦争開戦」コンスタンティヌスがリキニウス帝を撃破処刑する。決着つくと同時に3男コンスタンティウス2世を副帝指名して後継者とする。


�◆屮灰鵐好織鵐謄�ウス朝」324年〜364年(40年間)

324年 ◎コンスタンティヌス▽コンスタンティウス2世

コンスタンティヌス帝死去。コンスタンティウス2世帝が兄コンスタンティヌス2世にガリア、ブリタンニア、ヒスパニアを弟コンスタンスにはイタリアとアフリカを分与する。

337年 〇コンスタンティヌス2世〇コンスタンス/◎コンスタンティウス2世

コンスタンティヌス2世帝がコンスタンス領に攻め込み返り討ちにされる。

340年 〇コンスタンス            /◎コンスタンティウス2世

マグネンティウス将軍がケルト系将校におされ叛乱、コンスタンスを逮捕・処刑する。

350年 ●マグネンティウス          /◎コンスタンティウス2世

マグネンティウス撃破の為の遠征時の東部守備の為コンスタンティウス2世帝が従弟のガルスを東部副帝に任命

351年 ●マグネンティウス          /◎コンスタンティウス2世▽ガルス

コンスタンティウス2世帝が得意の外交工作主体にマグネンティウスを撃破、自決に追い込む。

353年 ◎コンスタンティウス2世▽ガルス

猜疑心の塊コンスタンティウス2世帝が副帝ガルスを粛清(処刑)する。

354年 ◎コンスタンティウス2世

コンスタンティウス2世帝が中東戦線再建の為出陣し、その為に副帝ガルスの弟ユリアヌスを西部副帝に任命。

354年 ▽ユリアヌス             /◎コンスタンティウス2世

すったもんだの対立の末、コンスタンティウス2世帝が死期を悟りユリアヌスを後継者指名して死去。

361年 ◎ユリアヌス

ユリアヌス帝がペルシア遠征において戦死、遠征軍を掌握したヨウィアヌス将軍が大幅な譲歩をした講和条約をペルシアと結び撤退、撤退途上推戴受け就位。

363年 ◎ヨウィアヌス

出鱈目講和条約に怒った軍部がヨウィアヌス帝を暗殺、ユリアヌス帝の姪婿ウァレンティニアヌス将軍を推戴、ウァレンティニアヌス帝が弟ウァレンスに帝国東方を分与する。


��「ウァレンティニアヌス朝」364年〜383年(19年間)

364年 ◎ウァレンティニアヌス             /〇ウァレンス

ウァレンティニアヌス死去。ウァレンス帝息子グラティアヌスを西方共同正帝に、弟のウァレンティニアヌス2世を西部共同帝に任命する。

375年 〇グラティアヌス〇ウァレンティニアヌス2世   /◎ウァレンス

ウァレンス帝が西ゴート族に大敗して戦死する。ローマ世界の終焉「ゲルマン民族の大移動」開幕(ToT)。グラティアヌス帝テオドシウス1世を東方正帝に任命する。

378年 ◎グラティアヌス〇ウァレンティニアヌス2世   /〇テオドシウス1世

マグヌス・マクシムスが叛乱しグラティアヌス帝を殺害、テオドシウス1世帝そのままマグヌス・マクシムスを西方正帝に任命する。


�ぁ屮謄�ドシウス朝」383年〜457(74年間)

383年 〇マグヌス・マクシムス〇ウァレンティニアヌス2世/◎テオドシウス1世

マグヌス・マクシムスがウァレンティニアヌス2世領へ侵攻、ウァレンティニアヌス2世は救援を請い、テオドシウス1世がマグヌス・マクシムスを連破し逮捕処刑する。

388年 〇ウァレンティニアヌス2世           /◎テオドシウス1世

ウァレンティニアヌス2世が突発的に自殺する(暗殺?)。テオドシウス1世帝フラウィウス・エウゲニウスを西方正帝に任命する。

392年 〇エウゲニウス                 /◎テオドシウス1世

テオドシウス1世がエウゲニウス帝を解任、9歳の"超"馬鹿息子フラウィウス・アウグストゥス・ホノリウスを西方共同統治正帝に、11歳の同じく"超"馬鹿息子アルカディウスを東方共同統治正帝に任命し、西部に侵攻、エウゲニウス軍を撃滅してエウゲニウス帝を自決に追い込む。

394年 〇ホノリウス                  /◎テオドシウス1世〇アルカディウス

テオドシウス1世が死去

395年 〇ホノリウス                  /◎アルカディウス

アルカディウス帝が生まれたばかりの息子テオドシウス2世を副帝に任命。

402年 〇ホノリウス                  /◎アルカディウス▽テオドシウス2世

アルカディウス帝死去、2ホノリウス帝は東西ローマ統一を望むも既に完全に「政府」が別々に編成されており、内戦を恐れたスティリコ主導で当時東方副帝だったテオドシウス2世が東方正帝に順当に昇格する。

408年 ◎ホノリウス                  /〇テオドシウス2世

よーーやく「地獄王」ホノリウス帝が死去、テオドシウス2世帝が6歳の甥フラウィウス・プラキディウス・ウァレンティニアヌス(ウァレンティニアヌス3世)を翌年西方副帝に任じイタリアへ攻め込ませる。12歳・10歳ときてついに園児皇帝かよ(-_-;)。

423年 ▽ウァレンティニアヌス3世           /◎テオドシウス2世

アスパル将軍が西ゴート王国建国で「飛び地」になってしまったガリアのアエティウス将軍を買収して西方「政府」を鎮圧、ウァレンティニアヌス3世を西方正帝に就位させる。

425年 〇ウァレンティニアヌス3世           /◎テオドシウス2世

テオドシウス2世が死去、アスパル将軍主導でテオドシウス2世の姉婿マルキアヌスが東方正帝に擁立されるもウァレンティニアヌス3世は2年間承認しなかった。

450年 ◎ウァレンティニアヌス3世           /〇マルキアヌス

アエティウス将軍の部下がウァレンティニアヌス3世を暗殺、ウァレンティニアヌス3世暗殺の犯人の一人フラウィウス・ペトロニウス・マクシムスが皇帝を宣言するもマルキアヌス帝は承認を拒否。

455年 ●ペトロニウス・マクシムス           /◎マルキアヌス

ヒャッハー(劫略)のチャンスと見たヴァンダル王ガイセリックがイタリアへ侵攻、ペトロニウス・マクシムスは何の対策も立てずローマから単独で「逃亡」をはかり、途上それに怒った市民に殴り殺される。ローマ劫略後西ゴート王テオドリック2世が後ろ盾となってガリア在住の軍人エパルキウス・アウィトゥスがローマ皇帝を宣言するがマルキアヌス帝は承認を拒否

455年 ●エパルキウス・アウィトゥス          /◎マルキアヌス

マルキアヌスが死去しアスパル将軍主導でその元部下レオ1世が擁立される


�ァ屮譽�朝」457年〜518年(61年間)

457年 ●エパルキウス・アウィトゥス          /◎レオ1世

リキメル将軍と組んだ皇宮護衛隊長ユリウス・ウァレリウス・マヨリアヌスが無能すぎるアウィトゥス帝を引きずり下ろし自ら皇帝を宣言、西方正帝に就位する。

457年 〇ウァレリウス・マヨリアヌス          /◎レオ1世

マヨリアヌス帝をリキメル将軍派の兵士が逮捕・処刑、リキメル将軍が主導で無名の元老院議員リウィウス・セウェルスが西方正帝に擁立される、レオ1世はリウィウス・セウェルスの承認を拒否。

461年 ●リウィウス・セウェルス            /◎レオ1世

リウィウス・セウェルス帝が東方正帝からの援助を阻害するとみたリキメル将軍がアッサリとリウィウス・セウェルス帝を病気に見せかけ暗殺。西方帝位を「空位」にする。はぃ?

465年 (空位)                     /◎レオ1世

「空位」に苦り切ったレオ1世が娘婿プロコピオス・アンテミウス将軍を西方送り出す。プロコピオス・アンテミウス西方正帝に就位。

467年 〇プロコピオス・アンテミウス          /◎レオ1世

リキメル将軍・オドアケル将軍・グンドバト将軍が叛乱、皇帝軍と激しい内戦を開始。反乱軍がローマでアンテミウス帝の軍を撃破、アンテミウス帝を逮捕処刑する。リキメル将軍の要請でウァレンティニアヌス3世の娘婿フラウィウス・アニキウス・オリュブリウスが皇帝を宣言する1月後リキメル将軍も急死する。

472年 ●アニキウス・オリュブリウス          /◎レオ1世

アニキウス・オリュブリウス帝がストレスのせいか3ヵ月で急死する。グンドバト将軍がフラウィウス・グリケリウスを西方正帝に擁立する。レオ1世は承認を拒否。義理の甥フラウィウス・ユリウス・ネポス将軍を西方正帝に任じて領地のダマルティアからイタリアへ侵攻させる。

473年 ●フラウィウス・グリケリウス          /◎レオ1世

レオ1世が死去、7歳の外孫のレオ2世が東方正帝と第60代ローマ皇帝に就位する

474年 ●フラウィウス・グリケリウス          /◎レオ2世

レオ2世がその年の内に急死、レオ1世の娘婿でレオ2世の父ゼノンが東方正帝と第61代ローマ皇帝に就位する。

474年 ●フラウィウス・グリケリウス          /◎ゼノン

ネポス将軍がグリケリウス帝軍を制圧しグリケリウス帝を降伏させ追放する。フラウィウス・ユリウス・ネポスが西方正帝に就位する。

474年 〇ユリウス・ネポス               /◎ゼノン

ネポス帝の命令でガリアへ向かったフラウィウス・オレステス将軍が叛乱、ラヴェンナに進撃、ネポス帝は本拠ダマルティアへ撤退し、フラウィウス・オレステス将軍が息子のロムルス・アウグストゥルスを西方正帝と宣言する。

475年 ●ロムルス・アウグストゥルス〇ユリウス・ネポス /◎ゼノン

ゲルマンの傭兵隊長オドアケル将軍がフラウィウス・オレステス将軍を殺し元老院を脅迫してロムルス・アウグストゥルスの廃位と「もはや西方担当の皇帝は必要ではない」と議決させ、紫衣と帝冠をローマ皇帝ゼノンに返却し「西方担当ローマ皇帝位」を廃絶させる。

476年 (空位)〇ユリウス・ネポス            /◎ゼノン

前・西方担当ローマ皇帝で西方正帝位請求者フラウィウス・ユリウス・ネポスが配下のオヴィダ将軍に暗殺され「西方担当ローマ皇帝位」が正式に「消滅」。ローマ皇帝位は「東方担当ローマ皇帝」が独占するようになる。これを以後を「ビザンティン皇帝位」という。

480年 (廃位)                     /◎ゼノン


◎が「筆頭正帝」、〇が「正帝(Augustus)」、▽が「副帝(Caesar)」、●は承認なしの「偽帝、僭称者」。以前書いた通り、ビザンツ帝国はローマ後継国家であると同時に「文化」的には「復興ヘレニズム国家(公用語ギリシア語)」としての側面が強い、そんでここまで書いてよーーやく判んだよ、


テオドシウス1世が"簒奪者"として「西ローマ帝国」を"蛮族&教会"に「売った」事が(黒笑)。


前稿でも「東西とも幼帝が在位し、「帝国防衛者」としてのローマ帝位が完全・完璧に「空洞化」する(-_-#)。テオドシウス1世は無責任な大馬鹿野郎だ(怒)」「最後のローマ皇帝は実質的にはテオドシウス1世だよ(-_-#)」と書いたけど、


完全に意図的に「西ローマ帝国」の"領土"・"市民(身体含む財産)"を「私物化」し"蛮族&教会"に「売った」のさ(殺意)。


"共和主義再建"を目指した「ディオクレティアヌス体制」は本人退位・死去の後支離滅裂の内戦の上に崩壊し、"世襲皇統創設"と引き換えに「コンスタンティウス朝」とその後継王朝たる「ウァレンティニアヌス朝」が


「ディオクレティアヌス体制」による"帝国防衛体制"を引き継いだ


のだがテオドシウス1世以下の「テオドシウス朝」諸帝が、「ウァレンティニアヌス朝」からの"皇位簒奪"と"領土"・"市民(身体含む財産)"の「私物化」の為に意図的に"蛮族&教会"から「金」貰って「西ローマ帝国」の"帝国防衛体制"を「自己破壊」させたの(怒)、心底思う、


"ローマ皇帝"と云えど「それをやっちぁお終めえよ」と(-_-#)(-_-#)(-_-#)。


そうでなければ「小学生」と「幼稚園児」を帝位付けっかよ(怒)(怒)(怒)。西ローマ帝国崩壊に伴う陰惨極まりない「劫略・虐殺・惨劇・奴隷化(蛮族から見たらヒャッハー)」はほぼ全部「テオドシウス朝」期に起こってるんだよ(-_-#)、そんで、西欧史学会では


「超売国奴・テオドシウス1世」へ評価は"一神教的偏見"によって常に歪められてんのよ(怒)(怒)(怒)。


「テオドシウス朝」さえなけれはユスティニアヌス朝時代に「ローマ帝国」が"本格再建"される可能性だって残されていた(-_-#)、「ウァレンティニアヌス朝」までは"帝国防衛体制"ガタピシいいながら一応チャンと「機能」してたんだよ(怒)、"一神教的偏見"によって


「非キリスト教徹底弾圧」した「超売国奴・テオドシウス1世」は"大帝"と逆評価されてんの(-_-#)!


西欧史学会員のほぼ半数はこの時「ヒャッハー(劫略)」したん連中の"末裔"だし(怒)、同じく過半はこの時以来「隠蔽」続けているカトリック教徒だわな(-_-#)、だから「学問の自由」に係る事だからトンデモだと糾弾してやまないが、同時に「あ〜〜、やらかしちゃったわけね(-_-;)」と理解は出来んのよ、


だ・が、「日本」人学者がこの出鱈目極まりない"一神教的偏見"に追従するのか全く理解できん(-_-;)


、これは日本の"ローマ史"専攻歴史学者が自分の専門分野を「研究」せずに"カンニング(≒コピペ)"で済ましていたいい「証拠」だよ(怒)。結局、こういう「学者もどき」の糞売僧共が「公金」で"世界旅行"楽しみながら、


「日本の学問」食い潰してんだよ(-_-#)(-_-#)(-_-#)。


ほんと堪んねーわ(怒)、「國語(母語)」が出来なければ結局"語義解釈"が出来ねえから(-_-#)、「学術的研究」などできる訳もなく(怒)、結局、"カンニング(≒コピペ)"で済ますんだよ(-_-#)。「3万冊読みました」・「5か国語できます」どーでもいいわそんな"些事"(怒)(怒)(怒)、


「國語(母語)」が出来なければ結局"語義解釈"出来ねえんだからチャンと「ゼロ」掛けろや(-_-#)。


「3万冊読ん」でも0.1%しか"語義解釈"出来ねえなら「30冊読ん」だのと同じ(怒)、イヤ大概それ以下(-_-#)、「5か国語でき」ても適切に「國語(母語)」直せないなら「0か国語でき」るのと同じにさえならず(怒)、「國語(母語)」破壊の「MINUS話者」になるに決まってる(-_-#)(-_-#)(-_-#)、、


「ゼロ」に何かけても「ゼロ」なんだよ(激怒)!


"社会的フィードバック"さえ何も考えない連中に「公金」支出する必要一切なし(-_-#)、「國語(母語)」無しで何を如何やって「日本人」"教育"するつもりでいたんだ(怒)、問答無用の「糞詐欺師」じゃねえか手前ら(-_-#)(-_-#)(-_-#)、ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(-_-;)、もっともっともっと云いたいが本稿の論旨と外れるんで今は割愛する(怒)。あーくさくさする(-_-#)、どうやって「悪魔のテオドシウス朝」が自分たちの"祖国"を売り飛ばしていったのかはまた次回語ろう(怒)(怒)(怒)。



おまけにみくしー検索かけてみました。

 「ローマ帝国」

日記 検索 (7件)ひっと。

 「文化的崩壊」

日記 検索 (0件)ひっと。

 「民族大移動」

日記 検索 (1件)ひっと。

 「亡国」

日記 検索 (6件)ひっと。


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