1876年、自転車レーサーとして知られていたEdward Lisle(エドワード・ライル)は、イングランドのウェストミッドランズ州ウルヴァーハンプトン市のパウントニーに自転車製造会社を設立しました。
友人のEdwin John Sharratt(エドウィン・ジョン・シャラット)と共同で興したこの会社はSharratt & Lisle(シャラット&ライル)と命名されていましたが、方針の違いなどがあったのでしょう、1879年にシャラットは社を去っています。
これにより名称が陳腐化した同社は1883年にStar Cycle Co.(スター・サイクル社)に改名、1889年に同市スチュワートに移転しています。
1896年、クルマ市場への参入を決めたライルはスター・サイクル社をStar Motor Co.(スター自動車)として再登記しました。そして翌1897年にフランス・ベルギー・ドイツを訪れて300ポンドを投じてベンツ車(モデル名:ヴィクトリア、本稿0223)とそのエンジンを単体で3基購入しています。
これらを自車開発に活かし、1898年からクルマの製造を開始しました。
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写真の、ベンツ・ヴィクトリアを範にしていることが明らかなスターは、車体前部の登録番号JOK616の下に書かれた"STAR WOLVERHAMPTON 1898"からすると、単気筒1296ccエンジンを車体中央に積み、2段ギヤボックスでリヤを駆動するスターの最初のモデル(3.5hp型)と思われます。
"STAR BENZ"と呼ばれたこのモデルは約250台つくられましたが、最初の生産車はニュージーランド・オークランド市のSKEATES-BOCKAERTという代理店に輸出されています。
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2号車以降はイギリス国内では189ポンド(1900年に168ポンドに値下げ)で売られました。
1902年、スター自動車はStar Engineering Co.(スター工業)に社名変更し、1904年(第5回)のゴードン・ベネット・カップ(本稿0347)での優勝を期して10.2リットル・エンジンを積む70hp型を製作しました。結局は出場しなかったようですが(記録がありません)。
このクルマは行方不明となりましたが、1971年にインドのラージャスターン州で発見され、イギリスにてフルレストアされました。
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スターは多品種少量生産の典型で生産効率は極めて悪く、工場には様々な車種が様々な状態で並び、1889年から拠点にしていたスチュワート地区の工場は手狭になりました。そこで1903年にフレデリックに3800m2の新工場を建設しています。
広い工場に移ったことで生産にゆとりが生まれたのでしょう、販売重視(売上確保)の質実剛健なサルーンやツアラーに加え、水冷直列4気筒OHV2176ccエンジンを搭載する2座の14-40型(1926年)などスタイリッシュで高性能なモデルも作っていました。
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スターは1929年秋に始まった世界大恐慌を何とか生き延びましたが、多品種少量生産の効率の悪さに苦しめられた挙げ句、1932年3月に倒産しました。
さて、ベンツの摸倣で始まったスターですが、一方でベンツに対して訴訟を起こしています。
1891年に六芒星(ろくぼうせい=六矢の星型)をロゴマークにしたスターが、三芒星(さんぼうせい=三矢型、スリー・ポインテッド・スター)を使い始めたベンツを1902年に著作権侵害の廉(かど)で提訴したのです。
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この訴えは認められましたが、ほどなく両者は和解したのでしょう、ベンツは1909年に商標申請しています(翌1910年に登録認可されています)。
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