mixiユーザー(id:67073406)

2026年05月08日15:33

23 view

Facebookから転載

Facebook「芸能ネタ」

教師を辞めて、霊園で働くことになった。
母に話した時、最初に返ってきた言葉は、「あなた正気なの?」だった。
退職届を出した日も、私はまだ赤ペンを持ってた。
朝の校庭。
子どもたちが整列して、校歌が流れてる。
前なら「今日も頑張ろう」って思えてた景色なのに、その頃の私は、何も感じなかった。
子どもが嫌いになったわけじゃない。
ただ、疲れ切ってた。
毎日夜まで仕事。
授業準備、保護者対応、報告書、行事。

夜、家でノートを見直してる時に届いた保護者LINEを、今でも覚えてる。
「うちの子が先生に嫌われてると言っています。説明してください」
返事を書こうとして、途中で手が止まった。
色々言葉を考えたのに、結局送ったのは、「明日お電話します」だけだった。
その翌日、校長に呼ばれた。
怒られたわけじゃない。
ただ静かに、「今の状態で続けられるか、自分で考えてみてください」と言われた。

その時初めて気づいた。
「うまく教えられるか」じゃなくて、「自分が壊れずに立っていられるか」の段階まで来てたんだって。
帰宅して、机の引き出しに入ってた給料明細を見た。
生活はできる。
でも、自分自身がどんどん削れていく感じがした。

夜中、誰にも言えず転職サイトを見てた時に見つけたのが、霊園の求人だった。
仕事内容は受付や案内、事務対応。
その中にあった一文で、手が止まった。
「必要なのは、忍耐力と、相手の気持ちを受け止める力です」
不思議と、「これなら分かるかもしれない」と思った。

最初は怖い場所だと思ってた。
でも実際の霊園は、静かで、風が強くて、木の音しかしない場所だった。
初日に上司から言われた言葉が、今も残ってる。
「ここは、相手の悲しみを“奪わない”仕事だから」
泣いてる人より先に泣かない。
励ましすぎない。
でも、一人にしない。

ある日、一人の男性が手続きに来た。
最後まで泣かなかった。
ただ何度も、「自分が来られない日、妻は一人になりませんか」って確認してた。
私は慰めの言葉を飲み込んで、代わりに、掃除の日程や供花の案内を、一つずつ丁寧に説明した。
帰り際、その人が小さく頭を下げて、
「ちゃんと説明してくれて、助かりました」って言った。

その時初めて、
“分かりやすく伝えること”も、人を支える優しさなんだって思った。
今でも教室を思い出すことはある。
子どもたちの声を懐かしく感じる日もある。
でも後悔はしてない。
私は逃げたんじゃなくて、壊れる前に、生き方を変えただけなんだと思ってる。
疲れすぎると、人は「頑張れない」より先に、「何も感じなくなる」。
もし今、同じように心が動かなくなってる人がいるなら、「向いてない」じゃなく、ただ限界だっただけかもしれない。
1 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する