学びのかたちを変えた学校――富有小学校跡を訪ねて
京都の町には、近代教育の歩みを今に伝える場所が静かに残されています。今回ご紹介するのは、「富有小学校」の跡を示す石標です。ここには、明治という新しい時代にふさわしい教育を模索した人々の試みが刻まれています。
富有小学校のはじまりは、明治2年(1869)10月16日。上京第二十二番組小学校として、二条富小路上るの地に開校しました。まだ近代教育制度が整いきっていない時代に、地域の子どもたちに学びの場を提供するために生まれた学校です。
明治8年(1875)には校舎の増築が行われるとともに、大きな変革が起こります。それまでの「坐教」、つまり床に座って学ぶスタイルを廃し、椅子を用いる西洋式の教育へと移行したのです。同時に校名も「富有小学校」と改められました。
この「富有」という名称には興味深い由来があります。創設時の校地が「富小路殿跡」であったことから「富」の字が採られ、さらに中国・宋代の詩人である蘇軾(蘇東坡)の詩にちなみ、「豊かに有する」という意味を込めて名付けられました。単なる地名ではなく、学びによって人としての豊かさを育むという理念が込められていたのでしょう。
その後、明治24年(1891)には旧小倉藩邸跡にあたる現在地へ新築移転し、地域に根ざした学校として発展していきます。しかし時代の流れの中で学校統合が進み、平成5年(1993)には京都市立竹間小学校と統合され「京都市立竹間富有小学校」となりました。さらに平成7年には周辺の梅屋・龍池・春日小学校とともに再編され、この地には現在の御所南小学校が誕生しています。
現在残る石標は、統合前の富有小学校の存在を伝える貴重な手がかりです。校舎や子どもたちの声は消えても、ここが長く教育の場であったことに変わりはありません。
京都を歩くと、こうした学校跡に出会うことがあります。そこには、時代ごとに変化しながらも受け継がれてきた「学び」の歴史が息づいています。富有小学校跡に立ち、その名に込められた願い――「豊かに生きる力を育む」教育――に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
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