内田樹、近内悠太の対談『自由より自在に生きるー愉快さと葛藤の哲学ー』を読み終わる。
読んでいて、けっこう楽しかった。
近内悠太氏という人は知らなかったけど、最近『世界は贈与でできている』という本を出して話題になった若い学者さんだそうな。
Amazonで検索したら、件の本は、2020年発行とある。
思い立って自分のkindleを検索したら、ずいぶん前にサンプルだけはダウンロードしていた。だから出た当時か、その少しあとに関心だけは持っていたみたい。
まぁそれは置いておいて。
贈与や教育、社会についてのあれこれについて、内田氏が「いつもの話」を語り、それに若い学者さんがちがう角度から話をしていく。
後半部分で近内氏が「自分が20年、内田氏の本を読んできて・・・」なんて話す、くだりがあった。
そこでふと、俺が内田氏の本を読むようになったのはいつだったかと考えたんだよね。
本屋さんで『ひとりでは生きられないのも芸のうち』をいう本が平積みになっているのをみかけて手に取ったのが最初だと思う。
あの当時、俺はすでに定職についていたから、30を超えたころじゃないか。そうすると俺も20年を少し超えたくらい読んでいることになるのかな。
そこから記憶が展開するのは、本書にかぶる部分だ。
本書では、受けた恩は相手当人に返すことはできない。だから、自分が受けた贈与を、だれか別の人に贈与することで、世の中はまわっている、なんて話が出ていた。
それ自体、これまで何度も内田氏の本で読んだ考えだ。
ここで思い出したのは、俺が大学4年で卒論を書き、大学院に入って修士課程に行っていたころの話だ。
卒論を書くとき、パソコンでプログラムを書く必要があった。
それまでプログラムを書いた経験のなかった俺は当時、大学院に行っていた先輩にずいぶん世話になったものだった。怒られた記憶もなくはないが、それは別の話として置いておこう。
ありがとうございましたと、卒論を書き終えて先輩と話していたときのことだ。何かお礼を、という話をしたのかもしれない。どういうやりとりだったかは、はっきり覚えていない。いっぱいおごりますよ、くらいに言ってたのかな。先輩たちとは、よく飲みに行っていたし。
そうしたら、先輩からは、自分たちも先生や先輩から教えてもらってここまできた。だから、自分が先輩たちから助けてもらったと思うなら、それを後輩に返しなよ、という話だったと思う。
その後、俺が大学院に通っていたときに、同じような場面に出会い、そのときは俺が後輩の実験プログラムの手助けをした。
卒論を書きあげた彼は提出後、俺のところにレトルトのカレーとかをたくさん買い込んで持ってきてくれた。
苦笑して俺は、その後輩に「俺も先輩たちから助けてもらったんだから、そんなことしなくていいんだよ」と答えた気がする。
まぁ、突っ返すのも悪いから、カレーとかはもらったと思うけど。
その後輩自身は大学院へは行かず、就職したはずだ。
でも、どこかで同じように誰かを助けてあげてくれているような気はする。わりと、いいやつだったから。
本の話に戻る。
内田氏が語る贈与の話というのはさ。
別に、内田氏が独創的に言っていることではなく、いろんな場面で同じことがあったということなのだろうな。
だから大した話じゃない、ということではなく、だからこそ、こういう話を面白く感じるのだ、という意味でね。
いろいろ刺激されて、過去の記憶も呼び出されるというのは、楽しい読書時間だった。
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