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2026年02月27日07:12

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クルマ0521 プロトタイプが最後(PEERLESS )

アメリカの高級車に"Three P(スリー・ピー)"と呼ばれる一群がありました。キャデラックやリンカーンなどより知名度は劣るものの、品質や格の高さは引けを取らないそれらはPを頭文字に持つ3車、即ちPackard(パッカード)・Pierce Arrow(ピアス・アロー)・Peerless(ピアレス)です。
パッカードはおいおい採り上げようと思いますが、ピアス・アローは本稿0436にて1933年のシルバー・アローという同社最後のモデルを見ました。そして今回、ピアレスにフォーカスを当てようと思います。

Peerless Motor Car Co.(ピアレス自動車)は、1900年にオハイオ州クリーブランドで創業されました。フランスのド・ディオン・ブートン製のエンジンをライセンス生産して動力にするクルマでスタートしましたが、1901年にチーフ・エンジニアとして入社した技術者Louis Mooers(ルイス・ムーアズ)が独自のエンジンを作り上げました。
そのエンジンはなかなか高性能でレーシングカーに使われました。例えば1903年に行われたミネアポリス5マイル・レースに参戦、優勝しています。ドライバーはH.D.Savage(サベージ)という人でした。

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同年、アイルランド(当時はイギリス領)のアシーで開催された第4回ゴードン・ベネット・カップ(本稿0347)にはムーアズ自身がエントリーしています。

https://share.google/Nwl4Dd4Y6NBuQzoys

https://share.google/nTNLjmi0Ezc3DUndY

翌1904年、ムーアズはGreen Dragon(グリーン・ドラゴン)というニックネームを持つレーシングカーを製作しました(下写真はレプリカ)。

https://share.google/t7bOOAhn5anZ5mgrd

このマシンはレースに供されたほか、20世紀初頭のアメリカを代表するレーシング・ドライバーであるBarney Oldfield(バーニー・オールドフォールド)の操縦で数多くの速度記録に挑戦して結果を残しています。

ムーアズは1905年に退社し、替わってCharles Schmidt(チャールズ・シュミット)が技術部門を統括するようになりますが、時を同じくしてピアレス社は高級車路線に舵を切ります。例えば1915年にキャデラックに対抗して、V8エンジン(サイドバルブ5440cc、80馬力)搭載のオペラ・クーペをデビューさせています。

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1929年10月に始まった世界大恐慌は高級車メーカーにとって大きな打撃となりました。ピアレスも例外ではなかったものの、恐慌の影響を大きく受けなかった一部の裕福なアメリカ人に支持されて生き長らえ、1931年にV16エンジンを搭載する超高級車の試作を始めました。
3台用意されたプロトタイプは1932年6月に完成しましたが、これがピアレス最後の車となりました。

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