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2026年02月25日17:35

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二輪部 鉄馬旅行記

2026年二発目のツーリングは、
残雪が残る奈良県宇陀市にある神社3選。

●「元伊勢」とも呼ばれている<阿紀神社>
  宇陀市大宇陀迫間252
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倭姫命が伊勢神宮を創建するまでに天照大神の神体である
八咫鏡を順次奉斎した場所は「元伊勢」と呼ばれており、
この地は、一番初めに奉斎された場所でもある。
伊勢神宮と御同体の天照大神社殿は神明造り南向きと、
全く同じ建て方(他では見られない)になっており、
鳥居の方向まで一緒である。
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さらには、手水舎ではなく「川」で清める御手洗場があるなど、
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同一箇所が存在するなど、あまり知られていない。
さらには、神武天皇が東征の際に、
戦勝を占った地であることから、能楽舞台が存在するも、
本来回廊は本殿まで伸びていたそうです。
(御朱印をいただいた家人談)
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鳥居をくぐってすぐの森には、
熊野速玉神社の御神木である”梛の木”が
植わっており、何らかの関係があるものと思われます。
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近くの丘には旧社地があり、高天原と呼ばれています。
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●天照大神を祀る<神楽岡神社>
  宇陀市大宇陀上新1903
天照大神が祀られているし、地元の古紙に
元阿紀神社ではないか?との記述があります。
では、先出の高天原とは神武東征の祭場痕なのか?
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●<宇賀神社 >宇陀市菟田野宇賀志1096
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神武東征で、紀伊半島を迂回し神邑を経て、
熊野越えでようやくたどり着いたのが当地。
「穿邑(うがちのむら)」と称されます。
そして大和入り直前で対峙したのが兄猾・弟猾の兄弟。
弟猾は神武軍に帰属したものの、
兄猾は神武軍を陥れようとしていると弟猾が密告。
仮宮を作り兵を忍ばせ、殺すための機械を施していると。
道臣命は兄猾に対し自ら入るように命じ、兄猾は亡くなります。
その仮宮の跡は「大殿」と称され当社の南すぐの地に、
また流れ出た血により「血原」と名付けられる川が社横を流れます。
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この宇陀の地から、大和入りに向けての
神武東征の生々しい歴史が繰り広がります。
なぜか狛犬が4匹(2対)設置されており、
歴史的背景があるように思います。
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<参考mixi日記>
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989807420&owner_id=65789075&from=list_diary_title
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