私はいろんなマンガを読んできたが、良いと思った最終回が全然ない。一世を風靡したマンガの最終話もどれも微妙だと感じてしまった。
特に私がそれを感じたのが進撃の巨人。私は別マガ本誌で毎月発売日に買って読むほど、進撃の巨人を熱心にリアルタイムで追っていたが、最終話は正直ガッカリしてしまった。けれど一つ前の話、準最終話はめちゃくちゃ良かった。
「これ以上の地獄はないだろうと信じたかった、されど人類最悪の日はいつも唐突に」
アニメのオープニング、心臓を捧げよの始まりの歌詞だが、私はまさに準最終話でその気持ちにさせられた。それと同時に進撃の巨人という作品においてもこの回がピークだった。
人類最悪の日と同じく、進撃の巨人最高の回も常に更新され続けてきたと思っている。その最高潮に達したのが準最終話ということだ。マジで良かった。逆にそのせいで最終回はこれを超えてくるのかと、当時期待しすぎてしまった部分はあるのかもしれない。
他のマンガでもそうだ。ぱっと思い浮かぶのを羅列すると、マギ、アンデラ、神さまの言うとおり、寄生獣、トモダチゲーム、宝石の国など⋯⋯。
逆に良いと思った最終回はジョジョやデスノートだ。この二つに共通するのは、シーン的にピークを迎えたところでスパッと終わらせているところかもしれない。ジョジョは基本戦いの決着がついたらその回で綺麗に終わらせている。デスノートもキラが死んでハイ終わり。エピローグも丸々1話使わずに、残り数ページでサクッと描くだけで済ませている。そこが多分良いんだなと思う。
明確にその後こうなりましたよと全部お出しされるんじゃなくて、想像の余地を残してくれる方が良いのかもしれない。
例えば進撃の巨人だったら、アルミンの「エレン・イェーガーを殺した者です」ってところで終わるか、その後パラディ島に向かう船でのシーンをセリフ無しでちらっと描いて終わりとかにしてくれたら個人的に良かったかもしれない。あるいはジャンやコニーを含む巨人化したエルディア人は人間に戻らないで残った調査兵団の面々に介錯させて欲しかった。あそこでちょっとご都合感を覚えてしまった。
ただ、アニメ勢には進撃の巨人のラストはめちゃくちゃ好評だからどうなんだろうな⋯⋯別マガのときは賛否両論だったんだが。私は正直あの終わりにはガッカリしてしまったからな⋯⋯海の向こうに普通に人間が生きていることを知ってしまったエレンのように。
というか今でも覚えているが、元々どっかのテレビ番組かなんかで諫山先生が描いた進撃の巨人のラストを発表しているものがあった。それは番組側も原作側も話題のためにそれっぽい感じにしただけだと思うが、そこでは「「お前は自由だ」って誰かが誰かに抱かれてるシーン」のコマをお見せされた。個人的にはこの終わり方の方がまだ好きだったような気がしなくもない。多分エレンが地ならし完遂したエンドなんだろうな。デスノートで例えるならキラが勝利して新世界の神になったエンドって感じだろう。そう考えるとそれはそれでしっくり来ない気もする。最終回というのは難しい。
どうして私は進撃の巨人を含め、いろんなマンガの最終話を微妙だと思ってしまうのか。共通点はだいたいどれもハピエンで、エピローグに最終話丸々一話使っているという点か。
でも私は割とハピエン厨⋯⋯だったはずだ。実際ゲームとかだとハピエンでも全然問題ないし好きだ。私の好きなペルソナだってラスボス倒した後は、丸々一話どころか小一時間ぐらいずっとコミュや街の人への挨拶周り⋯⋯からのエンディングという丁寧なエピローグだ。まあゲームの場合は能動的で、マンガの場合は受動的なので感覚は違うだろうな。
あまり覚えていないが、聲の形は良かった気がする。まあ今まで挙げた作品とはジャンルが違うからな。こういう現実的な作品だったら最終話に不満を感じることは少ないのかもしれない。
ラブコメだと寄宿学校のジュリエットは良かった気がする。五等分の花嫁も悪くなかったかも。私は四葉推しだったし。そう考えると、私が微妙だと思う最終回はファンタジーマンガに限るのかもしれない。
あとは一気読みするのと毎週毎月追うのでも感覚が変わるかもしれない。毎週毎月追う場合は一話ごとの満足感を求める一方で、一気読みした場合は話より巻で読む感覚があるので、その巻全体での満足度が高ければ面白かった感じる。まあ巻で読んでも微妙だと思う作品もあるが、それは純粋に微妙だったというだけだろうな。
⋯⋯というか世の中あまりマンガを完結まで追うってことあまりないよな。だいたい途中でリタイアしてしまう。続きを待ってるうちに興味が薄まってしまうんだナ〜。まあジャンプを購読しているので、打ち切りマンガならいっぱい完結を見届けているが。
うーん、何だか長くなってしまったのでここらで切ることにしよう。いまいち納得できる答えは出なかったな⋯⋯。
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