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2025年07月20日08:05

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2025年7月20日(日曜日)

『マヤ文明』

悠久の時、古代マヤ人は、密林の中に石造りの神殿を建設しました。
それだけでは終わらず、実に正確な天体観測技術や、数字を巧みに用いた暦までも手に入れていました。
現代のような学問はなく、天文学者がいなかったと言われていますが、「本当かなぁ」と思いたくなります。
もしかしたら“宇宙人の仕業?”なぁんてね。だって、あのガリレオ・ガリレイが望遠鏡を宇宙へと向けたのが1609年なのでしょう。416年前のことです。
古代マヤ時代には、天体望遠鏡はなかったと言われているのです。

マヤの書記と言われる人って変だと思いませんか。
肉眼で観測したと言われているのですが、太陽や月だけに終わらず、金星の動きまで観測でき、日食・月食も予測できたというのですから驚いてしまいます。
古代人って一体どんな人々だったのだろうか。
鉄器を持たずに石器の都市文明を築いたのでしょう。

紀元前1000年頃からスペインに侵略されるまで、マヤはマヤ高地とマヤ低地で栄えていました。
「この“マヤ”とはスペイン人が付けた名称で、マヤ地域に移住している先住民が“マヤ人”と呼ばれただけで、マヤ民族という単一民族って存在しなかったし、マヤ語もありません」と不思議な世界の方に教えてくれました。紀元前1000年前、この地に何が起きたのでしょうか。
19世紀後半になって、マヤ考古学が本格的に始まったと言います。

本当のところ、未だ紀元前1000年前に辿り着いていないのかもしれません。
もしかすると、中南米メキシコのユタ半島は、宇宙のどこかの惑星からやって来やすかった場所なのかもしれません。
世界の四大文明の発祥地は大きな川を中心として栄えたのに、このマヤは熱帯雨林の中にあって川もありません。
マヤの暦って、「約2700年前まで、1年は260日だった」と今聞こえました。


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