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2025年03月20日18:28

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隠された十字架・・・

 少し前の事になりますが、下野新聞の【山折哲雄の思考遍路】に
 「定説に挑んだ自由な猛獣 生誕100年の梅原猛先生」との記事がありました。
 山折哲雄さんは、宗教学者です。
 梅原猛は、1925年(大正14年)3月20日に生まれた哲学者です。
 今日が正に生誕100年になります。

 山折さんは、記事の中で、
 「梅原さんがまだ若いころ、勤務先の京都市立芸術大の学生たちが
  正門に『猛犬あり、要注意!』の大看板を掲げて、はやし立てたとの事です。
  それがいつしか、学問や芸術の世界に広がる常識や定説に挑戦し、
  新しい仮説を提示する猛獣へと変身していく。」と書かれています。
 最初に猛獣へと変身したのが「隠された十字架」だったと思います。

 「隠された十字架」は、1972年に出版され、
 法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮魂する目的で建てられたと、
 極めて大胆な仮説を提示しています。
 そして、様々な古典や史料、論考などを論拠としてとても説得力があったと思います。
 学生時代、この「隠された十字架」を読み、とても感動しました。
 そして、無性に法隆寺に行きたくなりました。
 大学の試験が終わった2月下旬だったと思いますが、法隆寺に行きました。
 法隆寺には、高校の修学旅行で行って以来でした。
 梅原猛は法隆寺の中門の真ん中に柱が立っている構造は
 怨霊を封じ込めたとするのを理由の1つに挙げています。
 そうだとすれば、おどろおどろしい感じがあるのではと期待して行ったのですが、
 早春の暖かい日差しの中、法隆寺は長閑な雰囲気で、
 何かはぐらかされたように感じた覚えがあります。

 梅原の仮説が正しいのかどうかはわかりません。
 聖徳太子は病死していますが、
 その長子である山背大兄王を蘇我入鹿が自害させ、
 聖徳太子の血筋が絶えていますので、その怨霊になるのでしょう。
 法隆寺が再建された708年の時点で怨霊思想があったかどうか微妙のようです。

 この「隠された十字架」の中で強く印象に残っている事があります。
 文言が正しいかどうか自信はありませんが、
 真理とは出来るだけ少ない矛盾で説明されたものであるとする考えです。
 例えば、地動説と天動説を比較した場合、
 地動説の方が少ない矛盾の回数で説明出来るので真理であると言う事です。
 そんな事も踏まえ、
 僕は、真理は絶対的なものではなく、相対的なものであると理解しています。

 僕が影響を受けた本を10冊挙げろと言われたら、
 この「隠された十字架」は、入りそうな気がします。
 それほど感動した本でした。


【今日の一句】
 呼んでいる 自然の声に 大慌て

 自然が呼んでいるは・・・チョッと説明しづらいのでお調べ下さい。


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