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2023年01月27日13:20

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最近、思ったこと。part0352-3

{記事が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、そして続き}

(131)476年 ゲルマンの傭兵隊長オドアケル将軍がフラウィウス・オレステス将軍を殺し元老院を脅迫してロムルス・アウグストゥルスの廃位と「もはや西方担当の皇帝は必要ではない」と議決させ、紫衣と帝冠をローマ皇帝ゼノンに返却し「西方担当ローマ皇帝位」を廃絶させる。

(132)480年 前・西方担当ローマ皇帝で西方正帝位請求者フラウィウス・ユリウス・ネポスが配下のオヴィダ将軍に暗殺され「西方担当ローマ皇帝位」が正式に「消滅」。ローマ皇帝位は「東方担当ローマ皇帝」が独占するようになる。これを以後を「ビザンティン皇帝位」という。ちなみにこの過程300年間のちょーーど中間の330年にローマ帝国首都は「ビザンティウム(改名してコンスタンティノープル)」に「遷都」してます(黒笑)。ついでに書いておけばこの翌年、フランク族のクローヴィス1世が族長となってフランク王国を建国。カトリックに改宗の上508年にビザンティン皇帝アナスタシウス1世から「西方正帝」に任命されています。クローヴィス1世は実質的な初代フランス王、シャルルマーニュ(カール大帝)の西方帝位戴冠はこの伝統にしたがったものだが、それは中世史のお話。


ふーーーーーーー、まーーーた飯も食わずに11時間ぶっ通し(ToT)。合計すると30時間ぐらいか(-_-;)、これを大学教授がまーーーーたくやらず、おたくな情報義勇兵が単独・兼業・全部持ち出しでやるってんだからやらずぶったくりそのものだよ(-_-#)。これは一世代30年毎10に分けて解説するといい。


第1ターン、180年〜210年・年表(1)〜(4)賢帝時代延長戦


ここで、なーーんか「おかしく」なったんだよね。でも、社会は健全そのもの。だが少しつづ「初期キリスト教」侵入による「イデオロギー変換」が行われていたんだ。


一言で言えば「ローマ市民」の「愛国心」の「低下」なんだよね(-_-;)。


上層はかなり後までローマ独特の「強烈な愛国心」保持していたのだが、徴兵制廃止から300年、志願兵が徐々に「蛮族」と混交・変質して、パンとサーカスの「福祉政策」がローマ人の「こころ」を溶かしていってしまったんだ、「初期キリスト教」侵入による「イデオロギー変換」はその原因ではなくあくまで結果さ(-_-;)、


第2ターン、210年〜240年・年表(5)〜(017)見えない「カタストロフィ」時代


「蛮族」との混交・変質の代表者である「カルタゴ人皇帝」ルキウス・セプティミウス・セウェルスは愛想がなく口は悪いがよくやった方さ、皇帝の本業「帝国防衛」は必死にやって完遂している。ただ信じられ無い程「息子」が馬鹿だっただけ(-_-;)、この点マルクス・アウレリウスとよく似ているが、馬鹿息子の「遣りたい放題」の質・方向性が違った、


コモンドゥスは「個人的」・カラカラは「社会的」なのさ。


ちなみにコモンドゥス帝はマルクス・アウレリウスの紛うことなき実子。ファウスティーナ皇后の「売春婦伝説」はコモンドゥス帝のあまりのアホさに「あの畏き賢帝の息子がなんでこうアホなの?皇后が剣闘士と浮気したに違いない(怒)」というローマ市民の「邪推」を歴史家が拾って尾ひれ付いただけ(-_-;)、銅像調べれば尽く顔ソックリだし、あそこちょーーーー仲良し夫婦で「16人」子供がいるもんね。話を戻すが、コモンドゥスは剣闘士修行に邁進したりマッチョなローマ的伝統に従った「遣りたい放題」、武張ったネロ帝みたいなもんさ、でもカラカラは違った、


カラカラは何ものにもとらわれない正真正銘の「破壊者(バンダリスト)」だった。


即位して直ぐお袋の目の前で弟ぶっ殺して「平気」(怒)、自分の「気分」以外なーーんも興味なし、即位する前か即位後直ぐに「殺し」ておくべきだった(-_-#)。その最悪事例がローマ帝国の「致命傷」となった


アントニヌス勅令(全帝国住民へのローマ市民籍(権)付与)発令(怒)。


中川博士は何故か「兵隊の質」についてのみ言及しているが、それも問題だが「最大の問題」はこのおかげでローマが「財務的空中分解」を遂げた事(怒)。ローマ帝国は本質的に都市国家・部族国家の「軍事同盟機構」が発展・統合されたもんなの、


ローマ市民籍(権)者・同盟国(部族)は「軍・兵」を(征服された)属州住民は「税・金」を出す。


が「絶対原則」(怒)。全員がローマ市民になったら誰が「税金」負担すんだよ(-_-#)。言うなればアントニヌス勅令は日本で云えば「全国民を役所が雇用します宣言」みたいなもんさ(怒)。馬鹿げている(激怒)!それを、


「全帝国住民をローマ市民に昇格する俺サイコー」みたいなノリでやんだから「最低最悪」だよ(怒)。


その「付け」でその「全帝国住民」は300年近くのた打ち回った挙句に「蛮族」に滅ぼされたわけさ。こいつに比べればヒトラーさえいい人に見えるよ(怒)。結論から言えば「正規の税金」が廃止されてしまったんで、帝国政府は「非合法の課徴金」を力尽くで「強制徴収」するようになったわけさ(怒)。


これが「軍人皇帝時代」の財務的本質だよ(-_-#)。


「正規の税金」でさえみんなホントは払いたくないのに「非合法の課徴金」を全部力尽くだもんね、そりゃ「軍人」それも最悪の「内乱軍人」にしかできんわな(怒)。これは「商法」に起源をもつ「裁判制度」の全廃でもあるんだよ(-_-#)。ここに「気付く」のは75年後のディオクレティアヌス帝を待たなければならなかったわけだ(怒)(表(043)参照)。ローマが滅んだほんとーーの「原因」は


議政機関たる「元老院」がアントニヌス勅令の防止・事後処理に「失敗」した事(怒)。


75年間の「元老院議論」より、「解放奴隷皇帝」の一つの「判断」の方がずーーーーーっと「正し」かったって訳さ(-_-#)。上がドンドン「無能」になり、下もドンドン「根性悪」になって庶民はバンバン「ぶっ殺されて」いったってわけだ(怒)。


議政機関は「能力」が全て(怒)、みんなそれを決して決して決して忘れるな(-_-#)。


云っとくが、日本の現状はこれよりずーーーーーーと「悪い」し、「絶望の議政機関」日本国国会はもとよりネットの極々少数の自称「保守派」も完全無欠に含めて議論のレベルがすげーーーーーーーーーーーーー「低い」(黒笑)。


現にだーーれも「ネオ・カラカラ」自称リバタリアンを残らす「逮捕・処刑」せよと言わないではないか(怒)。


「税金廃止すれば「役所」が大人しくなる」?馬鹿言え(激怒)!税金廃止すれば「役所」は「内乱軍人(テロリスト)」雇ってちょーーーーーーーーーーーーーーーー「狂暴化」する(怒)。150%間違いなし(怒)。だから「議政機関」で常時「監視」しなければならないのに何考えてんだよ(-_-#)。はっきり書いておくが、


今後の日本においてこの「内乱軍人(テロリスト)」は「外国」から来る


それも信じられ無いレベルで「極超大規模」に(怒)。既に「対日テロ組織」同然の日本国国会は元より「ネオ・カラカラ」自称リバタリアンも総てこの「極超大規模内乱軍人(テロリスト)」に雇われ既に完全に「統制(コントロール)」されてんの(-_-#)、河野洋平・太郎の「対中ファミリービジネス」なんて氷山の一角(怒)、


共産党の「汚職」暴いたことのない「東京地検特捜部」始め極限の「司法腐敗」が日本を滅ぼしたのさ(-_-#)。


あ、やめやめ、話がズレた、それは後で専門稿でやるとして話を元に戻す(怒)。東方「腐敗の極致」で最も「非合法の課徴金」取りやすいシリア軍団が権力握り「変態皇帝」と「勘違い皇帝」擁立するもドナウ軍団が巻き返し謀り、それはそれでいいのだが「ゴート人皇帝」立てちゃって「誰と闘ってんだよ(怒)!」とまだ多少頭のクリアだった元老院が怒り出してしまい、凄まじいすったもんだの末にハドリアヌス帝の養子ルキウス・アエリウスの玄孫の元老院議員ゴルディアヌス3世が就位し元老院が一応「勝利」したわけだ。そして、


第3ターン、240年〜270年・年表(018)〜(030)「カタストロフィ」顕在化時代


を迎える。何をやってもうまくいかなくなる時代(怒)。そりゃそうさ「根本問題」ほっかむりなんだから(-_-#)、今の日本で云えは「宗教・教育・司法」の「全面崩壊」がこれにあたる(怒)。まず、元老院派の


ゴルディアヌス3世がぶっ殺され「アラブ人皇帝」が軍隊乗っ取る(怒)。


だ・が、こいつが戦争(特に北方蛮族戦)下手糞でドナウ軍団が巻き返し、対ゲルマン戦の英雄デキウス帝を立てるもアッサリ戦死(ToT)。デジャブのような光景繰り返しながらシリア軍団の介入阻止して、ウァレリアヌス帝立ててドナウ軍団と元老院の連立政権つくんだけど、なんと、


その皇帝が敵に生け捕りにされる「皇帝捕囚」発生(ToT)。


挙句に「担当税務」他に回したくないとローマは「帝国本土(ドナウ軍団+元老院)」・「ガリア帝国(ライン軍団)」・「パルミラ王国(シリア軍団)」の三つに軍団別に分裂してしまうわけだ(-_-;)。そしてローマは


第4ターン、270年〜300年・年表(031)〜(045)「カタストロフィ」収拾時代


を迎えるわけだ。同時にこれは「ローマ」のビザンチン化、帝国東方住民のヘレニズム国家への「先祖返り」でもあったのだが、話が先に行き過ぎた。元に戻す。就位した第37代アウレリアヌス帝は最初から事態を完全に把握していた。


「ガリア帝国(ライン軍団)」は兵は強いが金はない。

「パルミラ王国(シリア軍団)」は金はタンマリ、兵は弱い。


答えは簡単、シリア軍団の金でライン軍団に工作して復帰させればいい。まず自分の担当地域(ドナウ軍団)で主敵ゲルマン人をコテンパンに叩きのめして黙らせ、ついで「パルミラ王国(シリア軍団)」を強襲し撃破、その戦利金でライン軍団に「復帰の方がずーーーといいぞo(^-^)o」と工作して一兵も失わず無条件降伏させた。


この人、生まれる時代「絶対」間違えたよ(-_-;)、100年前に生まれていればマジ「賢帝」最有力候補だっただろう。


一人追加で「六賢帝」だな(笑)、だ・が・生まれたのが「カラカラ・カタストロフィ」の後だったのがお慰み(黒笑)、兵士も将校も市民も「賢帝再び現る!」と絶対支持してんのに秘書官風情にアッサリ謀殺されてしまった(ToT)、「護衛」が無能すぎる(-_-#)。全軍痴呆状態( ゚o゚)の中、ここで二つ目の決定打がくる、


「歴史知らずの歴史家皇帝」マルクス・クラウディウス・タキトゥスが後継の第38代ローマ皇帝に就位


したのだ。ローマ史読むたびにいつもここで腹を立てる(怒)。なしてこの人「ネルバ帝」しようとしなかったんだろう?自分が首都をガッチリ抑えて元老院と共に帝国に「忠実な将軍」を選別・抜擢し「次期ローマ皇帝兼全軍最高司令官」に指名して「全軍掌握」できるようバックアップすればいいだけではないか(-_-#)。アウレリアヌス帝の弟分ブロブス将軍という有力候補もいた。なのにタキトゥスを指名し年寄りの冷や水で過労死させ(怒)、ついで弟指名して軍をブチ切れさせた(怒)、


「ネルバ帝」時代疑いようもなく「帝国統治の最高機関」たる「実力」があった「元老院」が唯のクルクルパーの集団だと完全にバレた<(T^T)>。


言うなれば「共和政体の死」さ、「あーそーかいそーかい(-_-;)、ならいいよこっちで勝手にやるから(-_-#)」と軍はブロブス将軍を擁立。だ・が、これでウァレリアヌス帝以来30年近く続いたドナウ軍団と元老院の連立政権が解消、ドナウ軍団単独政権で途端に「金詰まり」おこすわけ(怒)。それを「退役兵」の入植地設立で賄おうとしたが、突発的な集団テロにあってブロブス帝暗殺されちゃうわけさ(-_-;)、そして「瓢箪から駒」のカルス帝政権2年を経て、


「汚された賢帝・解放奴隷皇帝」ディオクレティアヌス帝登場


となるわけさ(-_-;)。日本の教科書では常に「悪人・ディオクレティアヌスが悪しき独裁制・専制君主制(ドゥミナートス)始めた!」と「悪意」丸出しで書かれてるけど70年間「税務」丸々ほっぼらかしの「元老院」の方がよっぽとひでえだろ(怒)。このいわれなき「悪名」に一石を投じたのが「ローマ帝国衰亡史」のエドワード・ギボン博士、全面的ではないげど基本同意。


軍隊が「裏・税務署」兼ねて相互に殺しあう「軍人皇帝時代」の何処が素晴らしいんだ?


それとドミナートゥスと呼ばれた「専制君主制」は実体的には「ぺルシア的ヘレニズム諸帝国」の「専制君主制体」への400年を経た「制度的」回帰でディオクレティアヌス「個人」とは何の関係もない「無関係」な話(怒)。それどころかディオクレティアヌスはそう云われないよう細心の注意を払い、


「共和政の理念」に従い「ローマ皇帝」に「任期制」を導入して自ら率先して「実行」した(-_-;)。


ギボン以外の欧米知識人がディオクレティアヌスを憎むのは「表向き」の記述とはまるで「逆」に彼らにとって神聖な宗教的信念たる「共和政」の「理念の失効」を自らの在位と退位によってそっくりそのまま「証明」してしまったからだ(-_-#)。それと「(単純)共和政」の「失効」をローマにおいて行ったのは


ジュリアス・シーザーと初代オクタビアヌス帝であってディオクレティアヌスではない(怒)。


ディオクレティアヌスはあらん限りの「知恵と勇気」を振り絞って「続け」ようとした。当時の情勢考えればどこをどう考えても「合格点以上」だろ、繰り返すが酷いのはディオクレティアヌスではなく税務崩壊70年間ほっほった挙句タキトゥス帝擁立した「元老院」の方(-_-#)。それとディオクレティアヌスは「物凄い勉強家」でその点、初代オクタビアヌス帝に匹敵する。


彼は正統派軍人らしく「戦例(≒歴史)」に範をとった。


戦争決して弱くないのに軍事上の「相棒」マクティミアヌス帝を求めたのも尊敬する「アグリッパ将軍」と初代オクタビアヌス帝との関係に範をとったものだし、テトラルキア(ローマ4分割統治)もローマ帝国3分裂が対外的防衛に支障をきたさなかったことに着目し、直近のブロブス将軍とアウレリアヌス帝の東西防衛の役割分担に端を発したものだ。そして都市国家・部族国家の混合政体の税務制度を「正式無効化」し改めて「先進的」なヘレニズム諸帝国に範をとって、「単一税(カピタティオ・ユガティオ)」を導入した。繰り返すが元々、


ローマ帝国は西はローマ主導の「同盟諸国家(部族)連合」、東はペルシアに征服された諸国を「三重征服」した植民地。


エジプトに至っては皇帝の個人統治領(エジプト王を兼務)だったもんね。でも文化も技術もアートも実は圧倒的に「東優位」だったんだよ。まず何といっても当時の主産業たる農業生産力が段違い(-_-;)。現ラテンヨーロッパ諸国(イタリア・フランス・スペイン・ポルトガル・ルーマニア)はヨーロッパの穀倉だが、当時はまだ、半農半牧つーか、良くて補助農場付き牧場経営だった。ラティフンディウムでちょっと検索してみろ。当時のゲルマン人に至っては鍛冶(鉄器製造術)付のアイヌ(クイ・ケット)生活だな(笑)。


欧州諸国(オチデント)が中近東諸国(オリエント)と「実質対等」の「文化」を持つようになるのはローマ滅亡の1200年後の話。


価格革命(≒地球周回航路制圧)に端を発した「(産業革命に向かうガリレオ・ニュートン等の)科学革命」以降の事だわさ(-_-;)。だから欧米の人間は「中東文化」に触れると日本人には理解できない様な云いようのない「心理的圧迫感」を感じるらしい、ある意味「欧・東関係」は「日・支(中)関係」によく似ているが「相互文化比較論」は論旨に外れるので割愛。ま、わかりやすく書けば、「共和政の理念」を盾に無理に無理して保ってきた


「宗主・植民地」関係の「逆転現象」が起こったのさ。


それがこの年表のちょーーーど真ん中で起きる「コンスタンティノーブ遷都」の真相さ。圧倒的財務基盤を持つ東方と(旧本国)西方を結ぶ中間点としては最適な位置関係にありすごく「合理的な判断」だったと思うぜ。この構想、帝国滅亡のほぼ1000年後にオスマントルコ帝国によってそっくりそのまんまパクられます(笑)。あっというまにバルカン半島を席捲、神聖ローマ帝国首都は「陥落寸前」となりました。


典型的な「地政学」演習問題、なーーぜだ?


ほれほれほれほれ、「国家戦略」を語りたがる似非知識人共よ、答えて・ご・ら・んo(^-^)o、はい、細谷雄一君!、はい、小泉悠君!、はい、「2年間の任期で、出版状況を鳥瞰的・俯瞰的・大局的に見る視点が身につくのじゃ(20230120)」と弟子に「共産党様のご意向」を盛んに煽ってる池内恵君!、はい、防衛省に居ながら「国防」決して語らない高橋杉雄君!、はい、ハドソン研究所に居ながら我らが日高さんとは大違いでな〜〜〜んの役にも立ってない村野将君!、あ、そこそこ岩間陽子君と東野篤子君と広瀬陽子君は結構です、初めから実働人員に入っていませんから(笑)、「え、男女差別?」、


じゃ、「答え」て見せろよ、この「糞」尼(-_-#)。


これ基礎問題だぜ(怒)、これが判れば英国が「我らがボリス」を先頭にあれほどウクライナ防衛に熱心なのかが解けるようになる。繰り返すが基礎問題(怒)、その「基礎問題」さえぜーーーんぶ暖房さえ皆無のちゃっぶい部屋でのた打ち回る一情報義勇兵に押し付けて


「お前ら(管糞派)」一体全体て何やってんの(-_-#)。


税金泥棒共、最小限の「良心」がお前らに残っているのなら「答え」てみせろ(激怒)!腹立つわ(-_-#)、挙句に細谷雄一にいたってはこの「問題意識」が決して「世論」にならないようにインチキ・インチキ・インチキ学問「地経学(≒第二ドイツ系地政学)」を朝日新聞の「金」で大規模「宣撫」しやがる(怒)。9年前に憂慮(2014年10月17日記事参照)し、7年前に「警告(2016年10月20日記事参照)」したその「まんま」の展開になってんじゃねえか(-_-#)。腹立つが話が脱線、専門稿に譲って話を歴史記述に戻す、


そ・し・て、「キリスト(カトリック)教会」問題が歴史の表舞台に「急浮上」


してくるわけさ。305年の「共和政の理念」に従った「両帝退位」から、310年の支離滅裂の「四帝鼎立」まで、「相棒」マクシミアヌス帝を含めて自らが信奉し「命懸け」で守ろうとした「共和政の理念」をだーーーれも「信奉」どころかあらゆる意味で「尊重」しない事を、これでもか、これでもか、これでもかと見せ付けられて翌年、ディオクレティアヌスは死ぬ。流石に哀れ(ToT)、ディオクレティアヌスは「帝位継承戦争」を調停するよう懇願する使者に


「俺がここでどれだけ真剣に「キャベツ」を育てているのか判ったら、お前らそんなこと決して言えねえだろうよ(-_-#)」


と思いっ切り「毒付い」た。この「キャベツ(シーザー時代の「ローマ軍」の典型的副菜)」とは「共和政の理念」の暗喩に他ならないと俺は信じている。ふーーーーーーーーーーーーーーーーー(-_-;)、ディオクレティアヌスにとっての「共和政の理念」とは、俺にとっての「尊皇主義」だ。この話「心底」笑うに笑えねえわ(ToT)(ToT)(ToT)。そして、


第五ターン、300年〜330年・年表(046)〜(058)「権威」模索時代


にローマは突入する。「共和政の理念」従った「両帝退位」→「帝国大内戦」→「共和政理念」の失効となる訳(-_-;)、元々「共和政」の理念は都市国家ローマのギリシア的「民主制(デモクラシー、正確には民参制)」に対するアンチテーゼ(対抗理論)だったのだが、両方とも当時の技術水準では「大帝国」の統治は「不可能」だったので、


理論において民主制≧共和政>君主制>専制君主制

実態において専制君主制>君主制≧共和政>民主制


を「國體」とするのがローマ的「共和王政」で、端切って「民主制」を地方自治に限定し、「専制君主制」を「悪」と規定し排除するの、ジュリアス・シーザーを先頭にローマ帝政がモットーとした


「クレイメンティア(寛容)」とはこれらの事に対する「中庸」の事。


この程度の「歴史記述」の解説さえできねえんだよ(-_-#)、「管糞派」は、カンニングばっかしてっかんだよ(怒)。言っておくがこれ、欧州系統治理論(政治学)の「基礎中の基礎」どころかその前の「議論の前提」だかんな(-_-#)。これわからんで「政治・軍事」をどうやって「何」を論じるつもりなのかまったく理解できない(怒)。ここで、欧州系政治学のほとんど唯一の一大「裏テーマ」はっきり書いてやる、


「民主制≒専制君主制」だ(-_-#)。


欧州政治学において「ビザンツ(東ローマ)帝国」が常に「鉛色の風景」として描かれるのはこれが原因。そしそれが実は「東欧政治史」に色濃い影響を与えているのだが、話がズレるので割愛、ま、閑話休題(笑)。共和政失効の3年後の313年にリキニウス帝が同盟したコンスタンィヌス帝と共同で「ミラノ勅令」を出すが、当時はほとんど話題にさえならなかったし、一部教会関係者以外誰も覚えていなかっただろう、


それは10年前の「皇帝崇拝宣撫」とそれに伴うキリスト教はじめ「諸宗教弾圧」の無効化宣言


にすぎなかったからだ。後で「キリスト(カトリック)教会」が大宣伝しただけ(苦笑)。つーか、「キリスト(カトリック)教会」の大宣伝とは違い「ミラノ勅令」出したの「リキニウス帝」だし、この段階では「キリスト(カトリック)教会」自身まだ「編制」されてないし、教義も曖昧模糊で「キリスト信仰」はともかく「キリスト教」自体が「宗教」としてはまだ成立していなかった。「帝国大内戦」はコンスタンィヌス帝がビザンティウムでリキニウス帝を撃破・勝利し、それを記念して6年の建設期をへて


330年、ローマ帝国なのに「首都」がコンスタンティノープルに移ってしまったわけ(ToT)。


これがある意味「決定打」で、ローマ帝国本国たる西方地区にて「ローマ帝国」への愛国心が消滅的に「漸減」していく大きな契機となったわけさ。「祖国」がいつのまにやら「外国」になっちゃったわけ(-_-;)。日本で云えば「京城(ソウル)」か「平壌(ピョンヤン)」に遷都されちゃったようなもんさ、うぉ、気色悪(ToT)、「大東国」かよ勘弁してくれ(ToT)。そんでもって、

{論考が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、最近、思ったこと。part0352-4へ続く。}
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