東京の立川と言えば、1922年に立川飛行場が設置された事がきっかけで、拙宅周辺と同様、終戦まで軍関係の施設が数多く存在していた場所です。
その立川飛行場は戦後米軍に接収され立川基地となり、朝鮮戦争でもベトナム戦争でも米軍の出撃基地となりました。
昭和52年に全面返還され、その跡地は昭和記念公園や災害医療センター、ファーレ立川などに生まれ変わっています。
覚えている範囲で、私にとっての立川始めは昭和記念公園でのサンスポEKIDENカーニバルでしょう。
横田基地でのフロストバイトに出た時は、前日泊まったスーパーホテルで火災報知器が鳴り、真冬だというのに夜中に非常階段伝って避難する羽目になった事も有りました(結局誤報だったよう)。
近年は舞台観劇などで何度か訪れております。
さて
先月、ちょっと久々の立川へ。
北口から歩いて立飛のららぽーとまで歩いてみました。
このビル、離れた地上からスマホを構えても、QRコード読めるのかな?
機会が有ったら試してみたいところです。
ファーレ立川の一角には、こんな場所が有りました。
そして立飛(たちひ)。
変わった地名だと思っていましたが、これは立川飛行場に由来する名称のよう。
そして「赤とんぼ」で知られる練習機なども造っていた立川飛行機も忘れてはいけません。
戦後は航空機に限らず色々の物を製造したり、不動産などをしている立飛企業という会社になっているそう。
それは良いとして…
一瞬、HITACHIと読んでしまいました(∋_∈)
似ている( ̄▽ ̄;)
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