先月26日の日記「怒りのアフガン」にて、新たにアフガニスタンの支配者となったタリバンの事を書きました。、20年の時を経て戻ってきたタリバンが融和的な発言をしていた事に対し、かつて幕末の日本で最も過激な攘夷派だった長州藩が、官軍として旧幕軍を打倒し、明治新政府の一角を占めて新国家づくりをしていった事に準え、ではタリバンはどうなるのか?といった内容です。
さて
そのように21世紀中央アジアの長州藩となるか期待していたタリバンですが、今のところその先行きはかなり厳しそうです。
明治政府も開明的な五ヶ条の御誓文を出した翌日、五榜の掲示という旧幕府の体制を踏襲するような内容の事を出したりしていますから、体制がしっかりしないうちは、揺れ戻しも有るのは自然な事です。
しかし、おそらくまだ大量に存在するであろう、各勢力の兵士をどうするのか?
これは明治日本でも大問題で、解決したのは西南戦争を経なくてはいけませんでした。
それでも日本には天皇という無謬性を持つ存在が有った事が、大きな助けとなった事でしょう。
かの地でそれを求めるとしたら神しか存在しませんが、タリバンは原理主義であり、この原理主義と近代的合理的な考え方は、あまり相性が良くなさそう。
トルコのように政教分離出来ていればまだしも、ここではかなり難しい事と思います。
そもそも王国か共和国を問わず、議会制民主主義国家をつくるのが絶対的に正しいか?と言えば、かつてはそう信じられていたかもしれませんが、最近はその考えも揺らいでいる気がします。
ならば外国が手を出すのが正しいかどうか?
その国の国民に全て任すべきなのか?
イラクもそうですが、強権的であっても安定した政府の方が良かったという考え方も否定出来ません。
この地域が安定するのはいつの事か・・・
さて
タイトルは、2015年のイッテンヨンのメインイベントにてオカダを倒した棚橋の言葉、「IWGPは遠いぞ!」のオマージュです。
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