我が船橋市は大きな川こそ無いものの、市内の主要な川として、二級河川海老川は外せません。
水源から河口まで7.5km弱の短い川ながら、長津川、金杉川、念田川、高根川、飯山満川、前原川など、市内中央部を流れる川を一手に集め、船橋港(厳密には千葉港の一部)で東京湾に注いでいます。
御滝不動尊の湧水を水源とし、その先は暗渠となっているのか地図では確認出来ませんが、ごく細い流れながら金杉台団地辺りから姿を現し、八栄橋近くの念田川合流点までは北谷津川、ここから下流が二級河川海老川となるよう。
この八栄橋から市場通りまでの周囲に残る未開発地の開発計画で、「海老川上流地域」とされているのはこの為でしょうか。
北谷津川の方が長く、感覚的には「上流」という呼び方に違和感を感じるのですが…
名実ともに海老川となる八栄橋以南は、桜並木や遊歩道、意匠を凝らした橋が整備されており、市民の憩いの場となっております。
先日、その橋を渡りつつ、海老川に沿って歩いてみました。
JR船橋駅で下車。
3年余前に船橋西武百貨店とともに退店したロフトが、現在解体工事中ですが、囲いの外から見る限りでは、地上部分は殆ど終わっていそうです。
そして船橋港へ移動。
昔はバシコーなどと通称され、岸壁まで出入りが可能でした。
免許取得したばかりの頃、人がいない夕方などにここで練習した事も有りました。
そんな岸壁もいつからか関係者以外立入禁止になっています。
金網越しに写真を撮っていると、関係者の方と目が合ってしまい、何やらバツが悪い…
厳密に何処までが海老川なのか分かりませんが、少なくともこの辺りは海でしょう。
あれっ?
いつの間に「浜松」なんて地名が出来たんだ?
…と一瞬思いましたが、ここの地名は浜町三丁目。
おそらく表記違いでしょう。
このやたらと高い送電線鉄塔、その隣はずっと低く、この間の送電線は急角度に張られています。
船橋港に出入りする船のマストが干渉しない為かと思いましたが、それにしても高過ぎます。
何だろう?
巨大ロジスティックス施設が幾つか有りました。
そんな事も有りますが、歩いて渡れる最下流の橋はR357の海老川大橋。
川沿いから橋に乗れる階段などが有るかと思えば、そのようなモノは無く、ららぽーとを回り込んでの遠回り。
なんとか海老川大橋に乗れました。
東岸から西岸に渡ります。
かなりの高度感( ̄▽ ̄;)
西岸は船橋漁港や漁協などが有ります。
ここから海老川排水機場の上を渡って再び東岸へ。
先ほど歩いた海老川大橋が望めました。
次に海老川を渡っているのは京葉道路の新船橋橋…自動車専用道なので、歩行者は通れません。
そのまま進みます。
そしてR14、千葉街道の船橋橋。
ここが本来の河口という事でしょう。
ここまでは大きな道路や水門を渡っていましたが、橋巡りは両岸に歩道が有るここからが本番です。
八千代橋。
イメージは漁業だそう。
本町通りの海老川橋(長寿の橋)。
日本武尊が船を繋げた橋で渡ったのが「船橋」という地名の由来とされていますが、その碑や泉重千代さんの手形レリーフなどが有ります。
万代橋。
「ばんだいばし」ではなく「よろずよはし」です。
海水浴や海の生き物がテーマのよう。
栄橋。
テーマは音楽で、童謡「手のひらを太陽に」の歌碑が有ります。
ここでちょっと寄り道。
ほんの少しそれた住宅密集地に、妙泉という廃旅館が有るのです。
玄関は現役っぽく見えますが、庭はすっかり藪々でした。
再び川沿いに戻って丸山橋。
ボランティア精神がテーマだそう。
九重橋。
太宰治の旧宅が近く、「走れメロス」のレリーフが有ります。
あっ、旧宅が近い事は予め調べていたのに、見るのを失念してしまいました(。>д<)
京成の高架を潜った所に次の橋が有りますが、橋名を示す額が付いていない…外されている?
初代橋かな?
新海老川橋。
人の和がテーマ。
この次は複々線のJR総武線を潜ります。
平成に高架となった京成と異なり、こちらはかなり低いので、潜るこちらも更に低くならねばなりません。
そして、ここは西岸だけが繋がっています。
海老川人道橋。
渡ると市場小学校が有ります。
その北は国鉄官舎…だったと思いますが、以前から人の気配を感じません。
無人なのか…
太郎橋。
日本の童話がテーマだそう。
そして、ここが長津川合流点となっています。
実は歩き始めが遅く、この時点で既に1730過ぎ。
この日はここまでにして、長津川の橋を幾つか渡り、船橋駅に戻りました。
長津川や運動公園を含め、遊歩道が「海老川ジョギングロード」として整備されています。
なんでも有森裕子さんも練習で走られたとか。
残る部分は、ジョグで回ってみようかなo(^o^)o
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