現在はさいたま市岩槻区となった「人形の町」岩槻。
岩槻の名前を知ったのは、子供の頃、東北道の起点としてでした。
東北方面にクルマで行った際、ここから東北道に乗り、帰路はここで東北道からR16に降りていたと思います。
学生の頃はクルマであちこち走っており、岩槻は本当に人形のお店が多い!と思ったのを記憶しています。
そして、私の最初の就職先である某紳士服専門店にいた頃、蓮田店の出店準備委員となり、準備中は岩槻店をベースに活動していたのです。
よく覚えていませんが、1月以上ここで活動していたでしょうか?
そんな岩槻、「人形の町」てあると同時に、城下町でもあり、元荒川近くに城址公園も有ります。
そんな岩槻を歩いてみました。
東武アーバンパークラインの岩槻駅南口を出ると、区役所も有る複合施設が有ります。
かなり新しそうですが、その向かいには老舗風の人形屋さん。
周りを見回せば、他にも何軒かの人形屋さんが目に入ります。
少し南へ下った先の交差点を左へ。
人形博物館が有ります。
そして太田道灌像。
太田道灌と言うと、江戸城の築城者として知られていますが、里見八犬伝の敵役関東管令扇谷上杉定正の家臣である武将です。
幼少時から頭が良く、様々な逸話が有りますが、大人をやり込めるような内容が多く、敵をつくり易い人だったのかも…
しかし極めて有能な人だったようで、道灌の活躍で扇谷上杉の勢力が増したのですが、謀反を恐れたのか扇谷上杉定正に暗殺されてしまいます。
岩槻城も太田道灌築城…とされており、ここに銅像がおわすのだと思いますが、最近は築城者は太田道灌ではないという事になっているよう。
そんな諸々に想いを馳せながら、人形博物館を見ようと思えば、申請書が必要だとか…(@ ̄□ ̄@;)!!
公園の入り口にも人形。
こちらは時の鐘。
時の鐘と言ったら川越が有名ですが、岩槻にも有ったんですね!
この道を武州鉄道が走っていたよう。
住宅街にこんなものが…
民家に半ば食い込んでいます。
諏訪神社をお参りし、そのまま突き抜けて行くと城址公園。
当時、目の前は沼だったらしい…
門が残っています。
池には鍵形の橋…これは城下町特有の鍵形の道をイメージしているのでしょうか?
七重八重…この歌は有名ですね!
時計塔にも人形!
如何にも城址という雰囲気の地形です。
この辺りで城址公園を出て南へ向かいました。
国道沿いのこのお店…トレファクスポーツ向こうのホンダの場所が、かつて某紳士服専門店の場所です。
当時、トレファクスポーツの場所は確かGOLF5でした。
若き日の
流され始め
城の町
齢重ねて
遠い思い出
こちらは近くの住所表示ですが、明らかに「区」だけ上に貼り付けたよう。
この下には「市」の文字が隠されているというのが私の推測です( ̄▽ ̄;)
R16を渡り、更に南へ。
公園の電話ボックスにも人形!
久伊豆神社
暫く歩いて永代橋で元荒川の左岸に渡ります。
左に少し行ったところに有るのが、武蔵第六天神社。
頭痛へのご利益が有るそうです。
県立大学の前を抜けて、せんげん台駅へ向かいました。
せんげん台と言ったら、東武スポーツプレオンで何度か…たぶん5〜6回は来ています。
雄二レッスンも受けたし、オバレン初打ちも有ったし、あんぱんカップも有りました。
せんげん台か
何もかも
皆懐かしい
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