mixiユーザー(id:2396826)

2019年10月12日11:17

80 view

このサイトに嵌まってますPart0017


 本日「5.19皇統廃絶クーデター」発生877日目、「極東戦域核戦争」開戦831日目、「人民の天皇論」宣撫開始166日目(怒)。〔再掲〕日本法制通史概論その3。前回の4日後に書いたのが「日本法制通史概論」第7弾。「神道醸成編」。〔2015年12月24日掲載〕


--------------------------------


最近、考えたこと。Part0016


 さてと、話を続けますか。前回、「欠史八代」の概要について述べた。「大和国」つまり日本国は神武天皇の大戦略に従って「東国」を制覇し、「九州諸国」と同盟し、最大のライバル「出雲国」を制圧した。そして始まったのが「戦後処理」だった。皇室はここで後に日本の歴史と文化に決定的な影響を与えるひとつの決断を下す。それは


多神教「神道」を設立することだった。


当時、多くの国に分かれていた日本列島はそれぞれの「国」独特の信仰と神々を持っていた。皇室はそれらの信仰をそっくり丸々認めたうえで「序列化」し「神道」の信仰体系の中に組み込んでいった。ここにひとつの「民族宗教」が形作られていった。 これを語る前に、比較宗教学的な分類について語っておきたい。なかなか理解してもらえない分野だからナ(笑)。まず大事なのは


「宗教」=「言葉」


であるって事。これがわかっていない人が多すぎる!「僕は無宗教です」とか「特に信じている宗教はありません」とか平気で語りやがる(怒)。そうゆう奴に限って自分と考えの違う人間を「考えが違う」というだけでナチス以上に排斥し平気で「人間以下のもの」として扱うことを躊躇しない最悪の残虐行為をはたらく。20世紀だけでもおよそ2億人の罪なき人々が文字どうりなぶり殺しにされた。ほんとうにウンザリ(-_-;)。うんざりだよ!(ToT)。はっきり書くぜ!「僕は無宗教です」語る奴は自分の信仰形態について理解することが一切できない「すべての権利を剥奪されてもしょうがない白痴以下の大バカ」か「即座に殺されても仕方がない大嘘つきのウルトラ・ファシスト」かのどっちかだ。例外は一切ない。大概は前者、一部は後者だが他人に与える「害悪」はほぼ同じだ。ほんとうにウンザリ(-_-;)。うんざりだよ!(ToT)。当たり前だか「僕は無宗教です」というのは「言葉」なのだ。つまり「僕は無宗教です」とは「僕は言葉を喋れません」と言うに等しい。


「喋べってんジャン!」


というおいらはそんなに変か?歴史学者が「言語」の発生を年代推定するとき大きな手がかりとするのは「遺体の埋葬」だ。「遺体の埋葬」とは「遺体となってしまった肉親・同胞」を「死後」も追憶すると言う行為であり、「死者」の「実在」つまり「霊魂不滅」を信仰する紛れもない「宗教」行為なのだ。「宗教」の発生を持って「言語」の発生とするこの推定は正しいと思う。


「僕は無宗教です」とは自分の「家族の遺体」は「生ゴミに過ぎないからゴミ置き場に捨てる」と公言するに等しい。


正気か?と問うおいらはそんなに悪人か?現実にも「親の年金欲しさ」に「死んだ親」をゴミとして「押入れに破棄」したやつが続出してるではないか!やつらは例外なく「僕は無宗教です」だ。さすがに不味いだろそれは!と叫ぶおいらはそんなに異常か?ふーーーーー(-_-;)。まあいい、って良かないけどこれについてはまた別項を立てるよ。話を元に戻そう。比較宗教学的分類についてだったな。

 宗教は個人の信念として始まる。そしてそれは家族的結合の中で成長する。そして、それらの家族的信仰が言語的統一性において統合されるとき「民族宗教」が生まれる。そして多くの「民族宗教」が葛藤し「言葉を超えた論理」が生み出されたところで全人類を対象とする「世界宗教」が誕生するわけだ。あまり深く入り込むと百科事典書いても終わらないので(仏教の主要なお経集めるだけで家一軒に収まらないこれを<大蔵経>と言う)、簡単に発達レベルで分類すると以下のとおり。


1、個人教(個人の信念) 無数にあって数えられない

2、家族教(家族的信仰) 数え方にも寄るが無数にある、多くの新興宗教はこれの大きなもの

3、民族宗教      言語的な統一性によって生まれたもの、ヒンドゥ教、ユダヤ教、神道、ドゥルーズ教、道教など

4、世界宗教      言葉を超えた「論理」で生み出されたもの、仏教、アテン教、ゾロアスター教、キリスト教、イスラム教など


 この表をよく覚えておいて欲しい。以後、たびたび言及することになると思うんでね。上記、分類は発生主義的に分類してあるんで今後、修正かけることもたびたびあるがそのつど言及するよ。たとえば、ユダヤ教は民族宗教として発生したが、ユダヤ国家崩壊とともに家族教として再生し現在に至っているし、逆にイスラム教は個人教として始まり家族教・民族宗教をへて短期間(ほぼ60年)で世界宗教になった宗教で今でも聖典(クルアーンもしくはコーラン)をアラビア語に限定する民族宗教としての性格を強く持っている。ってな具合にね。

 さてと、必要なこととはいえ寄り道した。話を元に戻そう。今から1800年前に最大のライバル出雲国を制圧した大和国は出雲国を「滅ぼさなかった」。「滅ぼさなかった」のだ。それは弥生時代を特徴付ける「皆殺し戦争」の「終結」を表していた。500年続いた「皆殺し戦争」は終結し国民が待ちに待った「平和」がよみがえった。その証拠として弥生時代なら「皆殺し」にされてた敗北した出雲国王一族は巨大な神殿を立て祖先の祭祀を続けることを許された。これが「出雲大社」だ。最大のライバルでさえ許される(皆殺しにはされない)。という事実は列島にすむ全ての人々に対する強烈なメッセージとなった。


そう、ついに「平和」が帰ってきたのだと!


これが、「神道」の「根本教義」である。平和を再建した「日本国天皇万歳」と。この時期から1500年前までの300年間を古墳時代と呼ぶ。文字通り、「世界最大」の古墳を含むあまたの古墳が北は東北から南は九州まで無数に作られたからだ。ま、その話は次回にしよう。とほほ。


--------------------------------


 続いて4日後に書いたのが「日本法制通史概論」第8弾。「陵墓(古墳)造成編」。ちと短い。〔2015年12月27日掲載〕


--------------------------------


最近、考えたこと。Part0017


 さてと、話を続けますか。前回、「神道の創設」までて述べた。今回のテーマは古墳時代。文字道理、古墳が日本全国津々浦々に作られた時代だ。何であんな馬鹿でかい「お墓」作ったのか?それは二つの要素から成り立っている。一つは民族宗教「神道」の布教活動であったこと。もう一つは曲がりなりにも統一政体となり、


仕事にあぶれてしまった軍隊の反乱防止のためだろう。


 東国を制覇し回り持ちで軍隊と兵糧を各コロニーが負担する体制で倭国大乱を制した大和国はこの体制をそのまま中国・四国地方に移植した。すると、困ったことに侵攻する敵地もないのに大量の軍隊が勝手に集まってきてしまうのだ。これは困った(笑)。武装した若い連中だ。ほっぽっとけば何するかわかんない。一部は神殿や道路の整備を命じたけどそれでも大量に余る。御所の警備や同盟を結んだとはいえ、臣礼をとらない九州諸国への警戒は物部氏・大友氏をはじめとする譜代の家来たちで十分間に合う。困った。困った。そこで始まった日本最初の「公共事業」が古墳の造営だった。日本独特のお墓である前方後円墳が沢山作られた。それまでは小規模な円墳だったがそれに落成のための式典つまり天皇の葬儀を行うための「舞台」として方墳を接合したのだ。それは所謂、


「平和」のモニュメント


だった。方墳の上で主だった家臣たちは円墳に葬られた先帝がもたらした「平和」を守ることを神々と新帝に改めて誓ったのだ。そうでなけりゃあんなバカデカイお墓いらないだろ(笑)。仁徳天皇陵なんて「世界一」デカイのだ(笑)。国民の大部分が竪穴式住居に住んでる時代なのに(笑)。動員された兵士たちはそれ以前の恐るべき時代の記憶の中に生きていたので喜んで造営に参加した。少なくとも「殺し、殺される」よりずっとましだった。だが時代はそれを許してはくれなかった。新しい「戦争」が始まってしまった。それについては次回語ろう。とほほ。


--------------------------------


 さらに4日後の大晦日に書いたのが「日本法制通史概論」第9弾。「半島先古代史概略編」。ここでは扶余族を満州系と誤って表記。しかし、首長クラスの扶余の一部は満族との混血でその出自を満州と主張しているためややこしい(-_-;)。扶余族問題、いまのところ北伝説・南伝説併記が正しい。あえて修正するなら南伝説に従い「満州から扶余族(平地満州人)が朝鮮半島に南下し定住する」→「江南から扶余族(マレー・ポリネシア系海洋民)が朝鮮半島に北上し定住する。」とするが〔再掲〕なのでここままにしときます。〔2015年12月31日掲載〕


--------------------------------


最近、考えたこと。Part0019


 さてと、話を続けますか。前回、「古墳時代の概要」まで行った。今回は古墳時代に日本に降りかかった厄災について語ろう。それは終わったはずの「戦争」だった。当時の日本は荒ごなしに統一されていたとはいえひとつの問題を抱えていた。それは「九州問題」だった。共通の敵、出雲国を打倒するためのに大和国は九州諸国と同盟関係にあったが、出雲国打倒後も戦争再開を宗教的な理由によって忌避した大和国は九州諸国との同盟関係を維持した。当たり前の話だが九州人は古来より日本人で同族なのだからさっさと統合戦争をして併合してしまうほうが手っ取り早いのだが、当時の九州は日本の最先進地域としての誇りを持って独立しており容易に大和国に合流しようとはしなかった。


西欧史でいえばギリシアとローマみたいなもんか。その上、ひどく厄介な問題を抱えていたのだ。それが「韓半島問題」だ。


 弥生時代の日本国内の勢力は主に三つで大和国は東海道を東進し、出雲国は北陸道を東進して勢力を拡大した事は前に述べた。では、そのとき九州諸国はどうしていたのか?実は韓半島に侵攻していたのだ。これを金官加羅諸国(記紀の任那日本府、チャイナ文献では弁韓諸国)という。考えてみれば当たり前だ。九州諸国の最大の強みは対チャイナ交易ルートを独占することによって技術的・経済的・文化的優位を保つことによって成り立っていたんだから当然だろ?


交易ルートを保持するために半島南部に九州系コロニーが多数設置されていったわけだ。


 ここで、複雑怪奇の奇奇怪怪な古墳時代の韓半島情勢を理解するために簡単に韓半島の古代史について振り返っておこう。韓半島に人類の痕跡が現れるのはほぼ10万年ほど前の旧石器時代、おそらく日本と同じ古アジア系のハンターたちだったろう。韓半島は今もそうだか人の出入りがひじょーーに激しい。1万5000年前から1万年前にかけて突然遺跡が途絶え、


ほぼ、無人化してしまう謎の時代を迎える。


その後、1万年前に系統不明の新石器人が移住してきて、新石器時代が始まる。一説には縄文時代中期の日本人ではないかとの説もあるが仔細は不明だ。そして4000年ほど前から満州の扶余族(平地満州人)が朝鮮半島に南下してくる。


この扶余族が系統のわかっている韓半島最初の住人だ。


扶余族は謎多きの民族だ。今から2300ほど前に満州中部の松花江上流域に王国を建国し1500年前に勿吉(モンゴル族)に滅ぼされるまで800年にわたって繁栄を続けた。ツングース系である事はわかっているがなぜこれほど早い時期に満州奥地で農耕を主産業とする王国を築けたのかよく判っていない。そして、扶余族建国とほぼ同時期にチャイナの燕王国が満州に侵攻。それについてきた


殷王朝末裔たちが平壌にチャイニーズによる商業コロニーを建設


、箕子朝鮮王国を建国する。しかし、100年後の2200年前、漢王朝に滅ぼされた燕王国の武将、衛満が亡命してきた挙句にクーデターを起こし箕子朝鮮を乗っ取り衛氏朝鮮を建国する。箕子朝鮮の王族は扶余系馬韓地域(現在のソウル近辺)に亡命し辰国を建国する。このころより日本の九州諸国および出雲王国が韓半島南部に殖民を開始する。悪いことは続かないもんで、その100年後の2100年前に


漢王朝が韓半島に全面侵攻し衛氏朝鮮を滅ぼし楽浪郡はじめ4郡をおき直轄統治を開始する。


馬韓地域では漢の侵攻直前に現地人に辰王が打倒され、その遺民が出雲王国が建設した辰韓地域(現在のプサン近辺)のコロニーに移住する。だが、漢の直接統治は部族制都市国家の群れであった当事の韓半島の政治情勢では適応不可能な体制であり(大体言葉が通じない!)反乱が頻発、わずか20年ほどでチャイナ軍は平壌コロニー(楽浪郡)へと撤退する。この反乱の中から出てくるのが高麗人(山岳満州系狩猟民族)たちであり2050年前に扶余王国から独立する形で漢四郡のひとつ玄兎郡へと攻め込みそこに高句麗王国を建国する。さてと、とりあえずチャートしてみよう。


1、120000年前 最終氷河期(ヴェルム氷期)始まる。
     ↓
2、100000年前 寒冷化したシベリアから獲物を追って古アジア系人種が半島に移住する。
     ↓
3、 15000年前 最終氷河期(ヴェルム氷期)が終わり縄文海進始まる。
     ↓     
3、 15000年前 突然、ハンターたちが消えほぼ無人となる「謎の時代」が始まる。
     ↓
4、 10000年前 縄文海進が終わる。新石器人が半島に移住し新石器時代始まる(縄文人?海人族?)。
     ↓
5、  6000年前 氷間期(後ヴェルム氷間期)が終わり寒冷化、後氷期に入る。海水面が3メートル下がる。
     ↓
6、  4000年前 満州から扶余族(平地満州人)が朝鮮半島に南下し定住する。
     ↓
7、  2300年前 満州奥地の扶余族が突如として農耕を主産業とする扶余王国を建国する。
     ↓
7、  2300年前 チャイナの燕王国が満州に侵攻。殷王朝末裔が平壌に箕子朝鮮王国を建国する。
     ↓
8、  2200年前 チャイナの燕王国からの亡命者、衛満が箕子朝鮮を乗っ取り衛氏朝鮮王国を建国する。
     ↓
8、  2200年前 箕子朝鮮王、箕準が馬韓地域に亡命し辰王国を建国する。
     ↓
8、  2200年前 日本の九州諸国および出雲王国が韓半島南部に殖民を開始する。
     ↓
9、  2100年前 辰王が扶余系馬韓人の反乱で打倒され、遺民が出雲王国系コロニー(辰韓諸国)に移住する。
     ↓
9、  2100年前 チャイナの漢帝国が半島に全面侵攻。衛氏朝鮮王国を滅ぼし4郡(楽浪・真番・臨屯・玄兎)を置く。
     ↓
10、  2080年前 扶余系馬韓人が反乱。チャイナ軍は真番郡・臨屯郡を放棄し平壌コロニー(楽浪郡)へと撤退する。
     ↓
11、  2050年前 扶余王国統治下の高麗人が玄兎郡へ攻め込み、そこに高句麗王国を建国する。


 ふーー、裏切り、陰謀、反乱、侵略、戦争、虐殺てんこ盛り。日本人に生まれて本当によかったよ(-_-;)。建国前の古代とはいえ「とんでもねーーアブナイとこ」に日本人は首突っ込んじゃったわけだ。これから語る話は二転三転、なんじゃそれは!連続になるんだけど(-_-;)お付き合いください。


それはわれらが祖国、日本国の「外交史」の始まりに


他ならないんだから。と言うわけで2ヶ月近くかけて60枚近く書いても「外交史」にさえたどり着きませんでしたが、来年も書きます。今次大戦を日本がいやおれ自身が生き延びるためには如何しても必要だと信じているからです。はーー、ほかの人書いてくんねーーかなーー(-_-;)。現在、当ブログでは


1、弁偽学入門書

2、電脳学入門書

3、軍事史的現状分析

4、ロシア・東欧史概論

5、日本法制通史概論(歴史法学入門書)


以上の5つの特集を連載していますが、レベルどころか量が決定的に足りていません。2の電脳学なんて4年も止まったマンマだもんね(-_-;)。メインコンテンツのつもりだったのに。凹んでもしょうがない。気を取り直そう。今年はずいぶんブログ書きました。数えてみたら原稿用紙で450枚ほどになりました。ついでに未定稿が今、20〜30枚ほどあります。でも考えれば考えるほど繰り返すけど「量」が決定的に足りない<(T^T)>。書きたいことどころか書かなきゃならないことさえ1パーセントもかけなかった(ToT)。来年は死んでなければ、レベルはともかくとにかく「量」を書きます。2月に宣言したとおり、「アブナイ現代史」も書き始めなきゃならないしね(-_-;)。ふーー。さてと、今日はまたまた夜勤です。病院で今年も年越し。皆さんには今年はどんな年でした?それでは良いお年を。いってきまーーす。


--------------------------------


「その3」はデーター量の関係から今日はここまで(笑)。まだまだ続きます(笑)。その話はまた次回語ろう。


PS、台風は「接近中」なのに千葉が早々と「停電」し始めてて、申し訳ないけど笑った(笑)。こっちから送る電力のメインルート確保のための、「枝切り」だと思う(-_-;)。どんだけ、「電力」足りてねえんだよ(-_-#)。繰り返すが、


千葉ブラックアウト(大停電)の「原因」は原発停止中

に

3つも石炭火力発電所の建設を共産党の尻馬に乗って「止め」てしまった事


による決定的な「発電力不足」。つまり、「自業自得」だ(怒)。巻き添え食って関東全域のブラックアウト(大停電)の可能性が今回2割ぐらいあると思う。はーー、今回狭いルートで迂回送電しているので「変電所関係」の「火災」も心配。その時は東電に言いたい、遠慮なく、千葉への「送電」をストップするべきだと思う(-_-;)。関東ブラックアウトと千葉ブラックアウトなら、千葉ブラックアウトを迷わず選ぶべき(怒)。千葉県民に言いたい、いい加減分れや(-_-#)。「原発なし、火力発電なし、でも電気くれ」は意味不明の「妄言」、「物理的」に「不可能」。はーーー、いったいいつになったら「故郷の人々」に分かってもらするのか、ホント泣けてくるわ(ToT)。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。

「外交」

新着日記検索結果一覧 (85件)

「停電」

新着日記検索結果一覧 (343件)
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年10月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031