むかしむかしそのむかし
社会人2年目、某専門店の土浦店から本社販促部へ異動になった直後でしたから、平成2年の5月でしょうか、10日間ほど入院していました。
少し前から風邪で体調を崩し、治ってからもどうもカラダがフラフラ…
なんだか真っ直ぐ歩けないぞ?
勿論、酔っぱらっていた訳では有りません。
なのに症状はだんだんヒドクなる一方…
そして週末は、販売応援で千葉県の市原店に行っておりました。
この頃には、裾上げのピン止めで屈む時だけが安定しており、あとは什器に掴まっていないと、立っている事すら出来ません。
ちょうどいらしていた地区長が見かねて声をかけて下さいました。
「もう帰って休め」
同じ地区となる千葉市内の店舗で入社前のアルバイト研修をしていましたから、よく知っている方でした。
それでも「モーレツ社員たれ!」という気風が濃い会社だったので、体調が優れないので休みたい…
そう言い出す事など、当時は思い付きもしませんでした。
この日は実家から通っていたので、早退して実家へ戻りました。
帰宅の際も運転ですが、後から思えば、運転する事自体、危険だったかも…
そんな流れで月曜日に近隣の病院で診察。
その結果、ウイルス性小脳炎という事で、紹介状を貰い、午後は松戸市の松戸市立病院へ。
(Googleストリートビューから)
即日入院となりました。
風邪のウイルスが小脳に入ったとかなんとか?
入院した頃には、何かに掴まらないと歩くのも困難であり、それどころか、座っていても上半身がガクッと倒れてしまうほど…
更に呂律が回らず、喋る事すら大変でした。
そんな状態から始まった入院生活…
病室の窓から見える光景は、実に眩しく見えたのを覚えています。
それでも一週間が過ぎる頃には、けっこう回復しており、病院を抜け出して数百mほどの本屋さんに行ったりしておりました。
それが精一杯の冒険だったのです。
最初から入院が10日ほどと言われていたか記憶有りませんが、退院の前日に髄液検査が有りました。
髄液とは、脊柱と頭蓋骨内を満たす液で、脳や精髄はこの中に浮かんでいるようなものです。
検査の為に髄液を抜くと、脳が安定せずに頭蓋骨内にぶつかって損傷する危険も有りますから、髄液採取後は絶対安静が鉄則です。
なのに、その後もいつものように病院を抜け出て歩き回る私…
出先で気持ち悪くなってしまい、必死で病室に戻ったものの、そのまま寝込んでしまいました。
結局、入院した時以上の体調の悪さで翌日に退院。
病院から駅まで、そして駅から実家まで歩いた結果、更に体調悪さを抱えたまま自宅療養に。
それでも数日で気分は回復…
そして一週間後くらいのMRI検査でも大丈夫ではありました。
余談ですが、当時はCTは一般的でも、高価なMRIはまだ一般的でなく、松戸市立病院から北松戸駅寄りに有った東京病院で受けました。
受ける側の主観としては、CTもMRIも同じようなもの。
中に入って行くのが怖い方も多いようですが、私は大丈夫でした。
カンカン音がしますが、何しろ身動き出来ないので、すぐに眠ってしまいました。
余談終わり
結局、4ヶ月後にようやく仕事に復帰しましたが、それから30年近い今でも、その時のフラフラする感覚は完全に消えた訳ではありません。
普段は平気ですが、時折り、自分の中の水準器がふら〜と動いていくような感じがするのです。
ほんの数秒の事ですが…
今にして思えば、ウイルス性小脳炎によるより、髄液採取後にフラフラ動き回った事で、脳の何処かを損傷してしまったのでは?と思う事が無くも有りません。
まぁ
そんな諸々で、20代はあまり良い時代ではなかったのですが、そんな甘酸っぱい(^^;)))思い出が有る松戸市立病院が、一昨年の年末に、松戸市立医療センターとなって、別の場所へ移転しました。
先日、常磐線で帰宅の際、そうした事を思い出し、北松戸駅から歩いてみることに。
ここは私も一度行った松戸競輪場が有名ですが、それとは逆の東口へ出ます。
ここを出て真っ直ぐ歩けば、かつては東京病院、更に歩けば松戸市立病院でした。
そう、東京病院も今は有りません。
ここは検査で行っただけなので、正確な場所は曖昧ですが、市立病院ははっきり記憶しています。
有りました!
暗くてブレブレになってしまいましたが、囲いはされているものの、建物はまだそのままのよう。
何故か、階段の辺りに灯りが灯っているような…
廃病院の怪か?
いやいや、夜ですが廃病院っぽい不気味さは感じませんでした。
九泊十日、ここで過ごしたんだなぁ…
むしろ、そんな感じでしみじみしてしまいましたo(^o^)o
ついでと言ってはなんですが、近くに有った沖縄居酒屋「若夏」は何年か前に無くなっています。
良いお店でしたが、残念残念(。>д<)
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