(前編)から二週間が過ぎてしまいました(^^;)))
リバプールと言えば、一般的にはビートルズ…
しかし、ここでは獣神サンダー・ライガーの「中の人」、Y選手です。
(ボカシ)
1984年、UWF勢&ジャパンプロレス勢が離脱し、選手層が手薄となった新日。
窮余の策として、カルガリー修行中の選手(平田=後のスーパー・ストロング・マシン、ヒロ斎藤た、高野俊二ら)を帰国させ、更に若手選手を一気にデビューさせました。
この時の「若手」には、後の闘魂三銃士や佐野、船木らと並び、後に獣神サンダー・ライガーとなるY選手らがおりました。
ヤングライオン杯が始まったのはこの時期だし、若手選手が注目されるようになったのもこの頃からでしょう。
それだけ粒そろいの「若手選手」が多かったと言えます。
中でも「あすなろ戦士」と呼ばれたY選手、身長こそ低いですが、そのスピードとスタミナで早くから注目されており、UWF勢が新日にUターン参戦すると、先頭にたってUWFと対戦、そして藤原教室と呼ばれたトレーニングに参加し、スタイルの幅を拡げ、ドン・中矢・ニールセンと異種格闘技戦も行いました。
会社の期待の程が、分かるというものです。
ヤングライオンを卒業し、「フライング・フジ・Y」として海外修行、そして帰国し、1989年にいよいよマスクを被り、ライガーに変身しました。
全身コスチュームのライガーですから、見た目は昔とあまり変わりません。
しかしライガーになって30年…
この間、選手の移動も激しく、ライバルの選手も多岐に渡っています。
高田、佐野、オーエン・ハート、ペガサス・キッド、エル・サムライ、ケンドー・カシン、金本、大谷、高岩、田中…
田口、プリンス・デヴィッド、KUSHIDA、石森…らもいますが、世代が異なる印象です。
ライバルもさることながら、スーパーJcupなどの開催を通じて、インディー団体のジュニア選手が全国区となる切っ掛けを作ったり、「ジュニア」をメジャーな存在にする為、八面六臂の活躍でした。
若い頃から並外れた練習量を誇り、ヘビーに負けないパワーを持つなど、世界的に尊敬を得ている選手でもあります。
リップサービスも有るかもしれませんが、数年前に新日からWWEに移ったAJスタイルズも、少年時代の憧れはライガーだったと話しています。
ライガーの公式プロフィールでは、正体は非公開ですが、Y選手自身もメディアもさほど隠してはいません。
それでもプロ意識の高いライガーですから、プロレスラーとしてのY選手は既にいないものとして、「Yはリバプールの風になった」と話しています。
半年後に迫った引退時には55才となるY選手。
最後まで元気な姿を見せて欲しいものです。
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