人口に膾炙され過ぎて使いたくない言葉ですが、所謂「平成最後の」年になりました。
そして所謂「平成最後の」の日は4.30、翌日である新元号初日が私の誕生日でもあるらしいので、些か飛躍しますが、気分は平成末覇者…
という事にしておきます(^^;)))
その覇者への道の一歩目は1.04から始まりました。
昨年同様、フルさんと千葉の山を歩いて来たのですが、せっかくなので地形図とコンパスを使って歩くような山にしよう!という事で、メールで相談した結果、戸面原(とづらはら)ダム湖から北面の尾根に登り、お茶立場、郡界尾根、三郡山から林道を抜けてダム湖に戻る周回コースに決まりました。
山での距離は難しいですが、概ね10数�劼箸いΔ箸海蹐任靴腓Δ�。
道端をちょこちょこするニホンザルを横目に、スタート地点である戸面原ダム湖に着いたのは0810くらい。
ここには2017.6.11…一年半前にもフルさんと来ておりました。
ダム湖北岸の橋を渡り、その先の宇藤原(うとうばら)集落に向かおうと思えば、その先の湖岸が崩落して通行止めとなっておりました。
その時は南側の橋から迂回して集落に入ったのですが、いくらなんでも復旧工事が終わった頃だろう…と思ったら、まだ通行止め。
そんな工事に手間取っているのかと、柵から覗いてみると、一年半前と全く変わっていなさそう!
多少なりとも工事をしたように見えません。
数十件ほどの民家が有る集落ですが、その奥は行き止まりですし、もともとクルマは必須の場所ですから、少し南にまだ橋が有るので、慌てて復旧させる必要は無いという事でしょうか。
いや、そもそも復旧させるつもりが有るのかどうか…
結局、宇藤原集落には前回同様南側の橋から入りました。
先ほどの対岸となる通行止の前にクルマを駐め、集落最奥の神社兼集会所を過ぎると、通称「神秘の割れ目」トンネルを潜ります。
前回はこのトンネルを見に来ておりました。
急峻な崖の中腹を貫いたトンネルですから、谷側を残した事で崖の崩落を防いでいるのかもしれませんが…
この割れ目はトンネル貫通時にわざわざ作ったとも思えず、ならば自然に出来た割れ目?
だとすれば危険なのでは?
そんな諸々の不思議盛り沢山の素堀りトンネルです。
トンネルを抜けたすぐ先、左手に登山口が有ります。
入口から暫くは荒れ荒れの登りでした。
踏み跡が見えない?という事もしばしばですが、地形図を見ながら、方角と尾根に注意して北を目指します。
やがて左手彼方に目指す尾根が現れ、間も無く突き当たりました。
ここまで指導標らしきものは全く見当たらなかったのですが、ここにはしっかり設置されていました(但し左側から来る人向けの)。
左手は高宕山動物園などが有る小倉方向、右手がお茶立場。
右へ!
この辺りは歩き易い尾根道が続きます。
樹林帯なので眺望はあまり有りませんが、ところどころ木々が切れて、鹿野山などを望む事が出来ました。
途中、微かに富士山も見えました。
やはり富士山が見えると嬉しいものです。
指導標の代わりに赤テープによるマーキングがしっかりしている為、安心して歩けます。
…と思っていたのですが、地形図的に右か?という地点で、ふと見ると左手に赤テープが続いています。
あれ?
なんか変だな?と思いつつも左へ…
いやいや、地形図によるとこちらは別の尾根に入ってしまいます。
するとやはり右?
そちらを見てみると、こちらにも赤テープが有りました。
あれ?
さっきのテープは何だったんだ…
まぁこうしたテープ類は、誰かがここまで来て何かの目印にした訳ですから、そこは何らかのルート上である場合が多いですが、縦走路のマーキングとは限りません。
参考にはなりますが、鵜呑みにするのは危険であり、ちゃんと自分で地形を見て判断する事が重要という事です。
改めて良い教訓になりました。
ついでながら、この日はフルさんが用意して下さった地形図を使っておりました。
我々が通常使うのは1/25000ですが、乱視の私には細かい部分が見えないという事も珍しくありません。
今回フルさんが用意して下さったのは概ね1/10000くらい。
おぉっ!これなら細かい部分も見える!という反面、使い慣れた1/25000とは感覚が異なり、アタマの中の距離感が混乱していた…というのはただの言い訳です(^^;)))
そんなこんな有りましたが、白い壁のテラスを経て、やがてお茶立場に到着。
ここは、伊豆から安房に上陸した源頼朝公にまつわる伝説が有ります。
頼朝公率いる軍勢が、ここで休憩してお茶をたてたという事になっていますが、なんと頼朝公がお使いになられたヤカンが残っている!
…の訳は有りませんが、何故かヤカンが2つぶら下がっているのです。
平成末覇者を目指す身としては、平安末覇者の足跡は気になる…
我々も頼朝公にあやかる為、ここでお茶タイムとしました。
このすぐ先が郡界尾根…この尾根がちょうど市界となるので、両手を広げれば、右手は富津市、左手が君津市です。
ここはひたすら南下。
郡界尾根を北へ行けば訪れる人も多い(千葉の山にしては)高宕山ですが、この辺りは整備は今イチで人も全く見かけません。
…と思ったら、ここで他の人とすれ違い!
やがて東の尾崎から登ってくる道と合流。
ここはかなり長い尾根でしたが、小さなアップダウンを果てしなく続け、1300くらいだったかに漸く三郡(みこおり)山に到着!
ここで昼食にしました。
食後は登山道を下って林道へ出ます。
未舗装林道ですが、広くて平らな道ですから、先ほどまでと異なり、どんどん先へ進んでしまいます。
ただでさえ狂い気味だった距離感がますます狂い気味…
そんな感じで、あとは尾根道を下るだけ…という場所までやってきました。
あれ?
もうここまで来た?
とすれば、この辺りから北西に尾根道が出ている筈…
少し戻ったりしながらも、北西へ向かう尾根を発見!
早速下り始めました。
想像以上に急な尾根を少し行った辺り、「おかしい…いくらなんでも下り過ぎる」
我々が見ているのは、拡大した地形図ですから、1/25000より斜度が穏やかそうに見えるのは分かります。
でも急下降がこんなに続くのだろうか?
なんか違う気がする!
暫くあれこれと検討しましたが、正解は不明のまま…
しかしこの時点で1500を過ぎており、あまり冒険をする余裕は有りません。
結局、この道は諦め、先ほどの林道を詰めて大回りで戸面原ダムへ戻る事にしました。
昨年のお正月も、フルさんと保台ダムから元清澄山へ登りましたが、下りに予定していたコースが崩落の為に通行不可。
とんでもなく大回りの金山ダム経由の下山となり、保台ダムへ戻る舗装路で真っ暗になるという事が有りました。
最後でまたしても大回りとは…
天下人
あやかりたくて
お茶立場
行く先見えず
また大回り
また林道へ戻り、再び西へ向かいます。
この途中、単車2台に抜かされましたが、クルマを停めてから山中で他の人の姿を見たのは、先ほどの人とこの単車2台、ダム近くの集落で犬の散歩をしていた方だけでした。
1650くらい、懐かしいクルマに帰還。
先ほどの道の出口側確認しておきたいよね?
…という事で、こちらも確認しに行きました。
その結果、下りに予定していた道は地形図に載っているものの、出口は畑となり柵で塞がっている事が判明。
そしてその近くに別の道が川を挟んで有るのですが、ここに向かう橋がガチガチのゲートで塞がっているという…(>.<)
上で入口を見つけられなかったこの道ですが、これは「この先行き止まりだから行かない方が良いよ」とお告げが有った…
そう前向きに解釈する事にしましょう。
割り切れなさは残りますが…
そんな感じで長々と歩いた1.03の一日でした。
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