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2018年09月16日18:18

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最近、思ったこと。part0031

  〔緊急連載〕ロシア東欧史概論対露アウトライン・ダイジェストその7{かっ飛びつまみ食い編その5}。さて、昨日は対ロ外交における「通謀利敵」を嘆いてあまり進まなかったんで今日はちゃっちゃと進めていこう。「北西モンゴル史」最初のチャートは以下の通り



1、ジンギス・カーンは中央アジアのホラムズ・シャー帝国を滅ぼし、最精鋭部隊を次の目的地キプチャク草原(ウクライナ・トランスコーカサス)への侵攻させる。
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2、「四狗」ジェベ・スブタイ率いる2万騎の最精鋭部はルーシー・キプチャク連合軍をカルカ河畔に大破する。
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3、ジンギス・カーンはホラムズ・シャー帝国の軍事的中枢だったアラル海北方に遊牧するカルルク部族を長子・ジュチに与えるが、ジュチが病死する。
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4、遠征目的を失ったジンギス・カーンはジュチの子供たちにカルルク部族の統制を命じてジョチ・ウルスを建国させ、全軍を率いて西夏王国討滅戦争へと出陣しそこで陣没する。
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5、未完の遠征を完遂するためにジョチ・ウルスの遊牧騎士達は隣接するボルガ・ブルカール王国へ威力偵察を繰り返し行う。
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6、第二代オゴタイ・カーンは未完の「キブチャク草原制圧」のため大遠征を「クリルタイ(帝国会議)」で議決させる。
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7、議決に従いスブタイ・モンケ・グユク等が率いる35000騎の大遠征軍がモンゴル本土からジョチ・ウルスに到着。
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8、カルルク部族を主体とする現地軍15000騎と合わせ50000騎の騎兵が勢ぞろいし、「ジョチ・ウルスの長」バトゥ・カンがカーンの命令により総司令官として任命され「侵攻軍」が組織される。
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ちなみにたびだび出でくる「四狗」について解説しておくと、本来は「四駿」と対で「四狗四駿」と呼ばれるモンゴル帝国建国の「8大功臣」のこと。「四狗」は文字通りジンギス・カーンの馬前で戦った武臣、


ジンギスカーンの「獰猛無比な四頭の犬たち」。


筆頭は「ジンギス・カーンを狙撃した男」ジェベ、ジンギスカンの宿敵タイチュウト氏族の庶流ベスト氏の出て本名はジルコアダイという。次席が「忠実無比な譜代の隷臣」スブタイ、ツングース系ウリヤンハタイ部族出身で5代前からモンゴル族長家に使え、本人はモンゴル本土・チャイナ・中央アジア・イラン・ルーシーそしてヨーロッパを転戦して常勝し、子々孫々までアルタン・ウルク(黄金一族・ジンギスカーン家)に使えた文字道理の「譜代の家臣」。三番目が「ジンギス・カーンの盾にして介護した男」ジェルメ、同じくウリャンカイ部族出身でスブタイの兄、ジンギス・カーンの護衛隊長をつとめジェベに狙撃され全軍壊乱し孤立したジンギス・カーンの毒矢を抜き口で毒を吸い出して介護し、守って敗戦地を脱出させた人。最後が「支族の猛将」クビライ、モンゴル部族のキャト支族の分流バルラス氏族の出で怪力無双の大男。一族は後にチャガタイ・ウルスに配属されチムール帝国・ムカール帝国を建国することとなる。

そして、「四駿」とはジンギス・カーン家の統治・家政を担当した「有能無比な四頭の駿馬たち」。ちなみに全員文官ではなく武官です(笑)。ちょーーーーウルトラ軍国主義国家のモンゴル帝国、少なくとも前期モンゴル帝国においては


「文官(ビチクチ、書記)」の地位は悶絶するほど「低い」んです(-_-;)。


はっきり書けば「奴隷」のひとつ上ぐらい(笑)。これ、モンゴル帝国史のポイントであり北西モンゴル史では更に重要になるポイントなんで頭に叩き込んで置いてください。モンゴル帝国史においては「四狗」のような「武官」か、「四駿」や耶律(ヤール)氏族のような「文武兼任官」以外の居場所なんて何処にもないんです(怒)。後は一みなしに


「家畜」と「奴隷」と「それ以外(庶民)」


と考えるとわかりやすい(黒笑)。だ・か・ら・俺はモンゴル帝国だーーーい嫌いなんだよ(-_-#)。ちなみにモンゴル帝国時代、社会構成的に上への移動つまり「出世」があるルート以外絶対的に「禁止」され、下への移動つまり「転落・没落」は続出いや奨励さえさえされました(ToT)。ある意味、全ユーラシアが「戦場」同様の「恐怖主義(テロリズム)」で運営されていた時代だったんだと思うわ(-_-;)。この時代に生まれなくてほんとーーによかった、俺なんざさっそく「奴隷」飛び越えて「家畜」に転落だよ(ToT)!「庶民」でいることさえ難しいってどんな世の中なんだよ(-_-#)。いかん、いかん、話がそれた元に戻そう。

「四駿」の筆頭は「追跡の同盟者(アンダ)」ボオルチュ、アルラト部族出身で極貧の少年時代に馬泥棒にあったテムジン(ジンギス・カーン)に馬を貸し共に追跡取り戻して以来の大親友。すべての征戦を共にしモンゴル統一後は右翼万戸長として帝国西方に分封された「諸王子王国」の補佐を命じられた。次席が「恩寵(ケシク)の功臣」ムカリ、恩寵(ケシク)とは敗戦部族の子供を奴隷に売らず養育し近衛兵兼侍従にする制度で一種のマムルーク(軍人奴隷)制だと考えるとわかりやすい。


これがモンゴル帝国時代の「唯一の突破口」(笑)。


後に大拡充されて「侍衛親軍」とよばれる「ダヤン(大元)・ウルス」の常備軍となる。ムカリはジャライル部族出身で父のテレゲトゥ・バヤンがテムジン・カンに降伏したとき「人質」して差し出されそのまま恩寵(ケシク)に入隊。数々の武功を挙げモンゴル統一後は内モンゴルに遊牧する「五投下」とよばれる部族集団を統括する左翼万戸長として帝国東方の満州に展開した「諸弟王国」の補佐を命じられた。また、「大征西」時には留守居役として金帝国反撃を撃退その功績によりジャライル「大師・国王」に任じられた。ちなみにこの一族は後にイランでジャライル王朝を興します。三番目が「救出の家人」チラウン、モンゴル部族スルドス氏出身でジンギス・カーンが若いとき敵対していたタイチュウト氏族に捕獲されたとき父のソルカン・シラと共に脱出の手助けをし、後に自らも名将・ジェベを連れて家族と共にモンゴル部族へ投降した。最後が「突貫の孤児」ボロクル、戦災孤児でテムジンの母ホエルンに拾われ恩寵(ケシク)に入隊。対ケレイト戦争で孤立したカーン家の「皇子」オゴタイ、トゥルイを助け出すために突撃につぐ突撃で見事奪回したので有名。

なんで、「前期モンゴル帝国史」にたちもどって「四狗四駿」についてづらづら書いたのか?以前書いたよね「「言語」は「民族」の「歴史」と「伝統」により創られる。」と。この8人は西北ユーラシアへ移民したモンゴル人たちにとって


ヒーロー中のヒーローなのよ。


攻め込まれるこっちにとっては「疫病神中の疫病神」だけどね(-_-;)。だけど、この時代のモンゴル人たちにとっては「ヒーロー中のヒーロー」なのさ。モンゴルの遊牧騎士は一部例外を除き「文盲」なの、かれらにとっては「四狗四駿」の武勇伝は唯一最高のエンターテイメントで彼らにとっての映画であり、テレビであり、ネットであり、漫画であり、本なのさ(-_-;)。それだけにそれに対する憧れと尊敬はもう「宗教以上」なの。つまりさ、「北西モンゴル史」進めるにあたって


13世紀北西モンゴル人たちの「常識」を確認しておいてほしかったんだよね。


足りてるとは思わないけどさ。ジンギス・カーンにいたっては悪童横綱・朝青龍の言葉を借りれば「(迷わず)神様より偉い人」になるわけだ(笑)。21世紀でさえそれなら13世紀ではそうなって当然だろう?「文盲」はとても不便な状態だが、決して「馬鹿」ではない。さて、話を元に戻そう。


9、バトゥは全軍を3隊にわけ15000騎をボルガ・ブルガール王国に向け、20000騎をカピス海沿岸へ配置し、15000騎をコーカサスの山すそへ向かわせる。
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10、右翼15000騎がボルガ・ブルガール王国を半年でほぼ「壊滅」させる。
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11、すかさず南北共同してキブチャク草原の家畜・牧民を囲い込む。
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12、若干の抵抗・逃亡をあっさり排除して4万戸のキブチャク部族を「接収」する。
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13、すぐさまヤサの軍律でキブチャク部族を「分配」し「組織化」する。
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13、90000騎が組織化完了し、小手調べにキブチャク部族の先導で北部ルーシーへ侵攻する。
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戦争というよりこりゃ「巻き狩り」だな(-_-;)。こうして、モンゴル本国に匹敵する大軍がボルガ下流域に集結。ちなみに統一時のモンゴル本土の兵力は多く見積もって127000騎。普通、ざっと10万騎と計算する。ここからが本格的なロシア東欧史概論となるのだがイロイロ有って疲れた(ToT)。というわけで続きはまた次回語ろう。とほほ。


PS、書き始めて判った、書くべきこと「多過ぎ」(ToT)。思って頼りはるかにボリュームのある連載になりそうだ。時間ないのに<(T^T)>。ぐぞーーーーー、でも、どうしても「必要」なんだよ。日本人のモンゴル史に対する無関心はひど過ぎる(-_-#)。「敵」をまったく知ろうとしない現代日本人はほんとーーに侍たちの子孫なのか?知らないうちに民族大移動でもあってアメリカみたいに人種入れ替わってるとか?すでに、法学見れば判るように俺たちは「自分」を見失いつつある現在、「敵」に対する研究さえ怠っていったいみんなどうするつもりなんだよ(-_-#)?ホント何とかしてくれ。とほほ。




おまけにみくしー検索かけてみました。書いてるのはおいらだけーーーーーー(ToT)。

「モンゴル史」


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