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2018年09月11日17:16

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最近、思ったこと。part0028


  〔緊急連載〕ロシア東欧史概論対露アウトライン・ダイジェストその4{かっ飛びつまみ食い編その2}。さーーてーーとーーー、ちゃちゃと「まとめ」ちまおう!ほんとーーに時間が無い<(T^T)>。やること山積みだ(怒)。「人民の天皇論」宣撫開始まであと233日。最低限、「敵」の所在・特徴を明示し、対抗理論「法の君主論」の背骨・骨格を提示しなければならない。はっきり書く、


俺は「東京大学史料編纂所」に宣戦を布告する(怒)。


冗談ではないよ。大マジで「おまえら潰す」必ずだ(黒笑)。ホタテやデグチだけではなく、「組織」そのものが腐っている(怒)。おまえらが本来の任務である「皇統護持」を拒否するに飽き足らず、それを推進・擁護するなら必ず「潰す」、


玉石共に「砕く」(激怒)!


そのときは必ず例外なく「連帯責任」取らせるからねあしからず(黒笑)。いま、本郷和人に対する批判論考書いてるけど、「プロパガンダ」のみならず「専門論文」にも遠慮なく踏み込む(怒)。皇統廃絶事務局に共犯者として参加する馬鹿嫁(本郷恵子)の「責任」きっちり取ってもらう(怒)。ちなみに今「津波」のように「インチキ歴史」日本史の「インチキ本」が大量出版されていて始末に終えない(-_-;)。「嫌」だが可能な限りこれに対する「批判論考」を公表していくしかない。


中公新書の「日本史の論点」なんて文字道理「噴飯」ものだ(怒)。


やっぱり、すこし、文献学的な「ロジック分析」の「手法」について書いとかなきゃだめだわ(-_-#)。これ読んで怒りわかなきゃ、人格異常か国語読解力「ゼロ」だぜ。小・中・高の「国語教師」なにやってた(怒)。はーーーー、また、宿題増えた(ToT)。さてと、愚痴っていないで本題入ろう。前回、


オプリーチニナとはスラブに「婿入り」したモンゴル系ロシア人の「民族マフィア」であり「秘密結社」である


と書いた。これから「オプリーチニナとはなんなぞや」という話をする。話は13世紀初頭の「モンゴル高原」に始まる。1203年に東胡系遊牧民モンゴル部族のキャン氏族に属するボルジュギン一族の長テムジンが恩人で同盟者(アンダ)でもあったケレイト部族のオン・カン(王汗、トゥルリ・カン)を奇襲にて打倒しモンゴル高原を統一し、1204年トルコ系遊牧民ナイマン部族を1205年にタングート系西夏王国を制圧して西方交易路を制圧した功績により、


モンゴル高原の全衆部にジンギス・カーンの名で推戴され「カーン(河汗)」に即位した。


これが史上最大の「大帝国」イエケ・モンゴル・ウルス(大蒙古国)の建国のいきさつだ。ジンギス・カーンは5年の準備の上1211年に華北を占領していた宿敵・女真系金帝国に宣戦を布告。まず内蒙古の同属・東胡系遊牧民キタイ(契丹)部族を寝返らせ官有牧場の「戦馬群」を接収し、次いでその戦馬群で武装させたキタイ(契丹)部族に金帝国の根拠地・満州を制圧させた。あわれ、占領地に取り残された金帝国は事実上の「亡命政権」に落ちぶれ、それを見たジンギス・カーンは


1218年ユーラシア中央交易路の「制覇」を目指して「大征西」へと旅立つ。


9年をかけてカラキタイ(亡命ナイマン王国)、ホラムズ・シャー帝国を打倒し1227年に自らの根拠地・モンゴル高原に帰国。この途上、ホラムズ・シャー帝国のムハマンド帝追撃の任を帯びたモンゴル「四狗」の二人ジェベ・スブタイの2将率いる精鋭部隊がムハマンド帝死後キブチャク草原を威力偵察したとき現地ルーシー諸侯軍を撃破した


1223年のカルカ河畔の会戦が「タタールのくびき」の始まり。


ジンギス・カーンは帰国直後に開始した西夏王国討滅作戦中に陣没。第二代カーンに即位したオゴタイは直後にジンギス・カーンの「未完の事業」を「完遂」するために全軍をもって金「亡命政権」を壊滅させ、1235年に「クリルタイ(帝国会議)」を召集しもうひとつの「未完の事業」であるキブチャク草原制圧のため大遠征軍を組織。翌年年頭より


軽騎兵35000を主力とする大遠征軍を出撃させた。


司令官には敵に隣接するカルルク族の領土を管轄するジュチ・ウルスの若き長・バトゥ・カンが、副将には前任者で「四狗」の生き残りスブタイが当然ついた。ここで「前期モンゴル帝国史」のポイントを整理しよう。ポイントは3つ、


1、すべては事前の「計画」によって決まっている。

2、目的は領土・領民の確保ではなくあくまで「交易路」の確保にある。

3、征服は現地モンゴル・トルコ系部族を寝返らせ「組織」する事によって成り立つ。


以上。前々からドーソン始めとするモンゴル史が不満だった(怒)。特に日本人の書くものは最悪(怒)。肝心「要」のところがスッポリ全部抜け落ちている(怒)。「計画」「交易路」「組織」の3つの「ワード」が抜け落ちているモンゴル帝国史は少なくとも「前期(クビライ・カーン即位以前)」に関しては全部「インチキ」だ(激怒)!ふーーーーー、ま、ここで怒ってもしょうがない。はっきり書く


モンゴル帝国は552年に建国された突厥帝国の時間差を置いた「継承国家」である


と。この事は日本国内の「現代思想」の展開にも「深刻な影響」を与えているチョー重要な「歴史的事実」なのに誰も「考え」ようともしない(-_-#)。俺これに気付いたのまだティーンエイジャーのころだぜ?し・ご・と・し・ろ・よ・クソ歴史学者ども(怒)!この経緯をわかりやすく、チャートしてあげよう


1、戦争強いが政治ができない突厥(トルコ)帝国が552年に建国される。
           ↓
2、戦争強いので30年ほどで西はカピス海から東は満州までの遊牧大帝国を建国する。
           ↓
3、政治ができないので内ゲバが始まり東西分裂する。
           ↓
4、内ゲバの「負け組(カザーク)」が近隣諸国に亡命し傭兵(マムルーク)となる。
           ↓
5、国内では分裂・内ゲバが止まらず、国境を挟んでもトルコ人同士が殺しあう。
           ↓
6、ついには本拠そのものが近隣諸国に分割統治され際限の無い分裂・内ゲバが続く「地獄絵図」となる。
           ↓


ジンギス・カーンことキャン・ボルジュギン・テムジンはこの「地獄絵図」の正に「生贄の羊」だ。母親と嫁さんをレイプされ、親父を毒殺され、祖父を焼いた鉄製木馬の上で全身の生皮引き剥がされてなぶり殺しにされたのだ(ToT)。おそらく、それだけではないだろう(-_-;)。わかってるだけでも実の兄貴に殺されそうになって、返り討ちにしている。普通ならとっくに発狂してるぞ(ToT)。「身内」さえ決して信用できない「飢え」と隣り合わせの極貧生活の中でテムジンは考えたのだろう


なぜ俺たちは「地獄絵図」の中で生きなければならないのか?


と。この視点無くして「モンゴル帝国史」など判るものか(怒)!そして、出した結論が武士の用語で「たばね(政治)」が無いからだというものだった。ジンギス・カーンの「大侵略」は自分たちを「地獄絵図」に追い込んだ近隣諸国への「報復」と、部下を常時戦時体制下に置くことで「たばね(政治)」を「常設」することにあった。


7、その「地獄絵図」の中からテムジンが生まれる。
           ↓
8、テムジンが手段を選ばぬ戦法で高原を統一する。
           ↓
9、部下への「たばね(政治)」を維持するための報償を生み出す「交易路(東部シルクロード)」を制圧する。
           ↓
10、テムジンが部下の推戴を受けジンギス・カーンとして即位する。
           ↓


よくある「勘違い」は9と10を逆に考えること。即位したから「交易路(東部シルクロード)」を制圧したのではなく、「交易路(東部シルクロード)」を制圧したから部下に推戴されて即位したの。対ナイマン戦・対西夏王国戦のどちらか一方でも負けていればモンゴル帝国などその時点で確実に「空中分解」していた。


11、「交易路(東部シルクロード)」の権益で誘うと金帝国の「負け組(カザーク)」キタイ(契丹)部族が簡単にモンゴル側に寝返る。
           ↓
12、キタイ(契丹)部族の活用で宿敵・金帝国があっけなく半壊する。
           ↓
13、意を強くしたジンギス・カーンは「交易路(中部シルクロード)」で同様の戦法を取るよう「四狗」の一人ジェベに命じる。
           ↓
14、ナイマン部族の残党の制圧下にあった中央アジアで「負け組(カザーク)」カラ・キタイ(黒契丹)部族が簡単にモンゴル側に寝返る。
           ↓
15、本隊の到着を待つままでもなくジェベはナイマン部族の残党を単独であっさり制圧。
           ↓
16、ジンギス・カーンはユーラシア全「交易路(シルクロード)」制圧を決意して大西征を命じ親征する
           ↓


ここでのポイントは「計画」とは本拠と繋がる「交易路(シルクロード)」制覇を目指したもので、個々の領国とは関係が無い事。そして、ジンギス・カーンの大西征が始まる前にルーシー・キブチャク草原遠征は「計画」されていた事だ。「計画」されていなかったのは後の「フレグの征西」の方で、


ジンギス・カーン在位時の「計画」の最終目的地はハンガリア盆地だったはずだ。


なぜなら、トルコ系遊牧民が造った一番西の国がハンガリーだからだ。現地のモンゴル・トルコ系遊牧民を「交易路」の利益供与で寝返らせてヤサの軍律下に「組織」するのがモンゴル帝国の「基本国策」でありそれが適応できる西限がハンガリー。しかし、後で書くがここで思わぬ「伏兵」が現れる。少し長くなったなその話はまた次回語ろう。


PS、そういえば池上彰が「パクリ」まくりだってネットでバレたね(笑)。ついでに朝日新聞提供番組で小学生のガキ仕込みに使ったのもバレてて大笑い(^〇^)。八幡和郎さん、有本香さん、宮下研一さん、坂東忠信さん、グッ・ジョブo(^-^)o。そして、ありがとうございしたm(_ _)m。池上彰批判は2015年からおれもたびたびやってきたけど巨大メディアと弱小ブログじゃ勝負にならない。ほんとーーーにありがたし(笑)。しかし、「あなたのコメント池上の意見として放送します」ってどんな話だよ(怒)。


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「「週4本のレギュラー番組を抱え、さらに平均して週1本ほどのペースで特番を組み、新聞・雑誌でコラムを4本連載した上で月1のペースで本を書き下ろしている。」体裁とっての 年収五億の「極左組織の宣伝塔」」(2017年08月06日)

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とか

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大先生、よっぽといいアシスタントがついてるんですね。自分で考える必要がまったくなくなるぐらい(^〇^)。新書一冊読みましたが250枚ぐらいですか、劇薄の上に内容カピカピで760円はお高くありませんか?テレビ宣伝が効いて一冊十万部として年平均120万部、印税だけでざっと2億っとこですか。テレビ入れれば手取りで5億円ぐらい?いい商売ですね。ジャーナリストを自称した極左組織のプロパガンティスト(宣撫業者)ってえのはホントやめられないっすね(^〇^)!人事ながらおいら思いますよ。(2015年07月28日)

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って批判したけどさ、元来ありえないことぐらいわかってほしいわ(-_-;)。「週4本のレギュラー番組を抱え、さらに平均して週1本ほどのペースで特番を組み、新聞・雑誌でコラムを4本連載した上で月1のペースで本を書き下ろしている。」ってそんなのできたら知識世界の「超人ハルク」(笑)。一日100時間ぐらい仕事してなきゃならない(笑)。「超人ハルク」も「何でも知ってる池上彰」も「テレビの中」にしかいない同種の「虚像」だっていいかげん判ってほしいもんだわ(-_-;)。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。おーーーバレてるバレてる。おーーけーーー(笑)。


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