黄金週間前半が終わりました。
2日目29日は、予定とおり田植え手伝いの為、富津市金谷へ。
連休中とは言え、中日ですから、渋滞してもそれほど酷くないだろう…
と思っていたら、幕張ICから京葉道路に乗った途端に渋滞に。
ここからか…早い(>.<)
タラタラと貝塚IC付近まで行くと、いつものように渋滞が解消されましたが、このタイミングで私の前に入ったのが、昔懐かしい暴○族。
最近は珍走団と言うべきか?
まぁ名前はともかく、20台程度で、さほど大規模ではないですが、まだいたんだな…
鬱陶しい…と思う一方、こういう若さもて余した存在が、今でも生き残っている事に、若干の安堵の気持ちも有りました。
勿論、迷惑なのが第一なのですが、別に一般車に関わるような事も無く、ただ集団でかたまって走っているだけなので、単車の集団ツーリングと実質一緒です。
そんなこんなで予定より時間かかりましたが、0915くらいにNさんの田んぼに到着。
今回もお馴染み若人達が大勢いらしています。
総勢20人強というところでしょうか。
早速、その中に加わりました。
田植えは、昨年に続いて2度目です。
さて
昨年、田んぼの中には裸足で入っていたのですが、足の裏にちょっとした傷が有った為、長靴を使用…と思いましたが、いざそれを履いて田んぼに入ると、足が抜き難いばかりか、長靴の高さ以上まで潜ります。
早々に裸足になりました。
水を張った田んぼには、オタマジャクシ、アメンボウばかりでなく、なんとヒルまで(>.<)
しかし、清澄や清和で見かけるような凶暴なヤツではなく、泳いでいるだけで、別にくっついてもきません。
そうこうするうちに2面の田植えが終わりました。
時にお昼をちょっと回ったところでした。
卯月晴れ
日焼けしつつも
泥の上
秋の稲穂を
思って植える
昼食を戴き、1330くらいに失礼させて戴きました。
南房総市に有る経塚山を歩いてみるつもりです。
「房総の山あるき」によると、約3時間の行程とか。
しかし、この本は中高年が主たる対象(私も中高年ですが)であり、ゆっくり歩き、休憩もとって3時間なのでしょう。
ならば、1時間半で充分な筈!
経塚山までは1時間くらい…と見込んでいましたが、鋸山ロープウェイ渋滞や、登山口探すのに手間取ったりした為、歩き始めたのは既に1500近く。
それでも明るいうちに下山出来ると思いますが、ちゃんとライトは持っています。
「房総の山あるき」を参考に、石堂原登山口近くにクルマを置いて歩き始めます。
その内容とおり、農業用水池を渡ると、登山口を示す指導標が有りました。
荒れ荒れの道かな?と思えば、意外に荒れていません。
けっこうな急登も有りましたが、マーキングもしっかりしており、マテバシイが美しい登山道でした。
目立つ石堂山のピークは東側を巻くものの、続く経塚山はしっかり登って、1540くらいに登頂!
登頂と言っても、千葉県の山ですから、たいした高さではありません(310mくらい)。
あっ、しまった
やりなおし
これで下山しても良いですが、数分先にあんご岩と呼ばれる巨岩が有るそう。
こちらも行ってみました。
高さは2.5mくらいか?
何か信仰に使うものだったよう。
再び山頂へ戻り、今度は犬切集落に繋がる道を下りました。
こちらは石堂原からの登山道に比べて随分短く、急な下りもけっこう有りました。
途中には、まるで結界が張られたような神社も有ります。
ところでこの経塚山、一説によると、里見家の埋蔵金が有るとか…
里見家と言えば、南総里見八犬伝で知られていますが、戦国時代に安房国を本拠として、上総や下総まで勢力を広げ、北条家と何度も戦った、源氏の末裔である、実在の戦国大名です。
繰り返される内訌や北条との一連の戦いを経て、秀吉〜家康の天下統一期も上手く立ち回りますはが、幕府内部の勢力争いである大久保長安事件に連座する形で伯耆へ国替え、後に改易されました。
埋蔵金か…
あっ、こんなところに埋蔵金が!
やらせ写真m(__)m
間も無く犬切集落へ出ます。
犬切とはけったいな名前ですが、こちらも里見八犬伝に纏わるような伝説が有るとか?
クルマを下りてから、犬切集落まで、全く人の姿を見ませんでした。
ここから長々と国道を南下し、途中かなり遠回りする為、クルマに戻ったのは1640くらい。
山中歩くより、なんだか随分長かった気がする…
(続く)
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