はーーーーーーーー(-_-;)、皇統廃絶クーデター発生67日目、極東戦域核戦争開戦21日目(ToT)。〔緊急連載〕現代日本・政治経済史まとめ・その7。やはり戦後編のアウトラインのダイジェストを最後まで書いておく。前回、「直系吉田派」周山会を「大政翼賛会の残党」と組んだ番頭の田中角栄に「乗っ取られ」た佐藤栄作前総理が築地の料亭で倒れ
1975年、日本において保守本流(ブルー派) は「壊滅」した(ToT)。
ってとこまでやった。正直、ここからは書くのがすげーーー苦痛だわ(ToT)。「ヤクザ」「嘘つき」「イカサマ師」の「パラダイス」状態に日本が真っ逆さまへと落ち込んでいく過程だからね(ToT)。その集大成が
2009年の「民主党政権の誕生」だったのさ(-_-;)。
あの悪夢の「民主党政権の誕生」は決して偶然なんかじゃない。それは「保守本流(ブルー派)」壊滅の必然的な結果なの(-_-;)。政権与党にイカサマ保守(≒民族派)の「保守傍流(パープル派)」と大政翼賛会の残党である「闖入大政翼賛会(レッド派)」しかいなくなっちゃったんだよ?「経済政治学(エコノポリティクス・経政学)」的に言えば「リベラル」「リベラル」じゃ「饐えてドロドロ」の「アナーキー」社会になって当たり前(怒)!前回も書いたが田中政権成立時の自民党内の派閥構成は以下のとおり
保守本流(ブルー派)
「直系吉田派」 周山会(佐藤派)→┬…壊滅、なんでやねん(ToT)。
│
│
保守傍流(パープル派) │
│
「乗っ取り吉田派」 └→木曜会(田中派)
「裏切り吉田派」 宏池会(池田派)→→→宏池会(大平派)
「転向大政翼賛会」 十日会(岸派)→→→→清和会(福田派)
闖入大政翼賛会(レッド派)
「大政翼賛会本隊」 春秋会(鳩山派)→→→政策科学研究所(中曽根派)
「戦争犯罪人組織別働隊」政策研究会(松野派)→政策研究会(三木派)
「大政翼賛会別働隊」 睦政会(大野派)→→→壊滅、ざまあ見ろ(^〇^)!
「戦争犯罪人組織本隊」 水曜会(緒方派)→→→壊滅、ざまあ見ろ(^〇^)!
「戦争犯罪人組織三番隊」火曜会(石橋派)→→→壊滅、ざまあ見ろ(^〇^)!
「戦後の唯一の元老」であった吉田茂元総理は一番弟子の池田勇人の「裏切り」という大きなアクシデントに見舞われながら、屈辱的な「自民党入党」を受け入れ二番弟子の佐藤栄作前総理と共に20年の歳月をかけて
ひとつ、またひとつと大政翼賛会の残党を「狩って」いった(黒笑)。
そして睦政会(大野派)・水曜会(緒方派・朝日新聞系列)・火曜会(石橋派・毎日新聞系列)と3つ潰したところで力尽きた。残念ながら「大政翼賛会本隊」政策科学研究所(中曽根派)と「戦争犯罪人組織別働隊」政策研究会(三木派・読売新聞系列)の二つが残っちまった(怒)。そしてその二つがチャイナと日本の二つの共産党を経由して田中角栄に「直系吉田派」周山会を乗っ取らせた(怒)。後は
「タマネギの皮むき」のような「内ゲバ」の連続だった。
「自民党結党」で裏切り一番弟子の池田勇人を「免責」し、「今太閤プロパガンダ」で乗っ取り男の田中角栄を「無罪放免」したんだ。この状況で誰が「真面目」にやる?二つの共産党にすれば「保守本流(ブルー派)壊滅」と「チャイナ共産党軍事独裁政権承認」の二大任務がすめば角栄という「駒」は用なし(黒笑)。金脈追求で二年で政権を追われ、デッチ上げの「ロッキード・スキャンダル」で大政翼賛会の残党である政策研究会・三木武夫総理の命令で「逮捕」され自民党から放り出された(1976年)。三木政権は田中逮捕の「自爆テロ」で選挙に大敗し、清和会の福田赳夫が組閣した。ふーーーーー(-_-;)、まだまだ続くよ「内ゲバ」(ToT)。ここでさ、自民党内の「派閥抗争」の基本構図を整理しておこう。
第1ラウンド 自民党 VS 残党吉田派(無所属)
(1955年〜1957年)これは結党から岸政権成立までの2年間で主要な対立点は「ソ連承認」であり、大変残念なことだか「親ソ派」である「再建大政翼賛会」自民党が勝利した(怒)。
第2ラウンド 周山会(佐藤派)+十日会(岸派) VS 宏池会(池田派)+闖入大政翼賛会(レッド派)
(1957年〜1972年)これは岸政権成立から60年安保騒動をへて経済の高度成長期を迎える15年間。ここでの主要な対立点は実は「戦争責任の追及」だった。「戦後の唯一の元老」吉田茂元総理は祖国に仇名した「奴ら」を許す気など毛頭なかった(黒笑)。「直系吉田派」周山会(佐藤派)はひとつ、またひとつと大政翼賛会の残党を「狩って」いった。吉田元老・佐藤総理グッジョブ!ファイティン!!!
第3ラウンド 木曜会(田中派)+宏池会(大平派) VS 清和会(福田派)
で、闖入大政翼賛会(レッド派)の政策科学研究所(中曽根派)・政策研究会(三木派)が
キャスティングボートを握るブラックジョー・ワールド(ToT)。
(1972年〜1983年)これはいわゆる「田中派時代」の11年間だ。「内ゲバ」時代開幕・「闇なべ」自民党の始まり始まりーーーーー(ToT)。ここでの主要な対立点は木曜会(田中派)と清和会(福田派)の「提携関係」の存廃だった。清和会は「40日抗争」をはじめ「提携関係」の再建・存続を強く求めた。だが、角栄は生涯これを拒否し続けた。
なぜなら税金の「中抜き」が出来なくなるからね(怒)。
自民党から放り出された角栄は木曜会を拡大しながら田中角栄内閣(1972年・保守傍流(パープル派))→三木武夫内閣(1974年・闖入大政翼賛会(レッド派))→福田赳夫内閣(1976年・保守傍流(パープル派))→大平正芳内閣(1978年・保守傍流(パープル派))→鈴木善幸内閣(1980年・保守傍流(パープル派))→中曽根康弘(1982年・闖入大政翼賛会(レッド派))と自民党の「外」から政権をリモートコントロールした。いわゆる「目白の闇将軍」政治だ。実はこれは
故吉田茂元総理の政治行動を「猿真似」した「擬似元老政治」だった(怒)。
角栄には「利権」はあっても「理念」がなかった(-_-;)。皇室擁護の二法並立制の「堅持」も、戦争責任の「追及」も、角栄にはどうでもよかった(怒)。角栄は小学校卒の「現場の人」で下士官的「生活知」の達人であり、正しく「庶民派」だ。でもさ(-_-;)、みんなよく考えてくれ
「政治」から「理念」を抜くのは「エンジン」から「燃料」抜くのと同じだぞ?
ましてや大正以降の日本は「大量虐殺」をいとわない共産主義を始めとするファシズム(全体主義)思想との「対決」を余儀なくされているんだ。保守政権与党が「対抗理念」忘れてどうすんだよ(怒)。ファシスト(全体主義者)共は決して諦めない。やつらの「アガリ」は途轍もなくでかい(黒笑)。奴等は「潰す」しか方法ないんだよ(激怒)!当然、自民党はドンドン「左傾化」して行き、付けをし払わされることとなる。国民全員を巻き添えにしてね(怒)。
第4ラウンド 政策科学研究所(中曽根派)+経世会(竹下派・旧木曜会) VS 清和会(安部派)+宏池会(宮沢派)
政策研究会(河本派)は機能不全で解体過程に入る
(1983年〜1993年)政科研(中曽根派)専制の10年間だ。一般には経世会(竹下派・旧木曜会)の専制時代と考えられているがそれは絶対に「違う」。大体考えてくれ竹下昇を後継総理に「指名」したのは誰だった?中曽根ではなかったのか(中曽根裁定、1987年)?元来、吉田茂と佐藤栄作が創設した栄光の保守本流(ブルー派)・周山会(佐藤派)はついに仇敵である
闖入大政翼賛会(レッド派)の「犬」に落ちぶれ果てた<(T^T)>。
(ToT)(ToT)(ToT)(ToT)(ToT)。な、「理念」を抜くのは「燃料」抜くのと同じだろ(ToT)?いいかげん、それを「現実主義」と誤魔化すのはやめてくれ(怒)!経緯はこうだ。角栄だまくらかして「権力」を握った政科研・中曽根康弘は将来の「禅譲」を餌に木曜会の竹下登に親分を「裏切れ」と口説いたのさ(-_-;)。ルートは主要なものがおそらく三つ。日共を経由しての早坂茂三のルート、コリアを経由しての金丸信のルート、中共を経由しての後藤田正晴のルートの3つだろう。あのこすっからい角栄があれほど見事にやられたのは「外部経由」のルートがあったとしか思えない。ま、「理念」を忘れ「仇敵」と平気で「組んだ」馬鹿な角栄の「自業自得」なんだけどね(-_-;)。
政研の三木に「逮捕」され、政科研の中曽根に派閥「乗っ取られ」ても最後まで気付かなかった(黒笑)。
バカ丸出し(怒)。末席とはいえ「吉田派13衆」の一人。いいポジションじゃないか。「大臣」と「三役」往復しながら最後は「議長」を目指す保守本流(ブルー派)周山会(佐藤派)の「代貸し」それのどこが不満だったんだ?だいたい、おまえ「何」がしたかったんだよ?ほんと「これ」池田勇人と田中角栄と小沢一郎には聞いてみたいわ(-_-;)。ふーーーーー、そして加速度的に崩壊の度を深めていく自民党の話はまた次回語ろう。とほほ(ToT)。
PS、民主党政権の成立を2009年なのに2011年と記載していました。謹んで訂正します。H29・12・25
おまけにみくしー検索かけてみました。
「田中角栄」
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