今日で、同居人が旅立って、丁度1か月になります。
最初の月命日ですね。
そんな事から、1日家に籠っていました。
同居人が危篤状態になったのは、12月16日の午後でした。
他の病院に転院する1時間ほど前、容態が急変しました。
息子達を呼び寄せ、病院に泊まり込んで、励ましていましたが、
18日の午前5時22分、旅立ってしまいました。
ここ2・3日、1ヶ月前の事が色々思い起こされ、
どうも気分が不安定でした。
最期の時、同居人はどんな思いだったのでしょうか?
呼び掛けに応えてくれていたように感じたのは、
僕の思い込みだったのでしょうか?
この1か月、通夜・葬儀があり、年末年始がありました。
更に仕事初めがあって、とにかく色々な事がありました。
僕にとっては、とても長い1か月間でした。
しかし一方で、多くの方から温かなお言葉を頂き、
更に色々な物も頂戴し、物心ともに励まして頂きました。
人の気持ちの温かさを感じた1か月でもありました。
先日出した寒中見舞いが届いたようで、
昨日から、驚きの電話などを頂いています。
県内の方は、新聞訃報欄に載せましたので、
ある程度は承知されているものと思いますが、
県外の方は、正に藪から棒の状態だったと思います。
お知らせしなかった事をお詫びしました。
そうした電話に出たり、
街中などで行き会った方からお悔やみを言われたりすると、
不覚にも涙が出てしまう状態が依然として続いています。
万葉集に、大伴旅人が赴任先の大宰府で妻の大伴郎女を亡くし、
平城京の自宅に帰った際の歌が載っています。
我妹子が 植ゑし梅の木 見るごとに 心咽せつつ 涙し流る
同居人は梅の木は植えませんでしたが、
家の中には、同居人の生活がいたる所に残っています。
そんな物を見て、色々思い出す度に、涙が出る事があります。
僕の情緒は、まだ不安定なのかも知れません。
ログインしてコメントを確認・投稿する