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2014年10月03日19:39

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最近、考えたこと。Part0001-2

{論考が長すぎて10000字以内に収まらなかったので分割、そして続き}

 話がループして元に戻るが、これがわかってくると「艦隊派」がどんだけ異常な連中かってことがよくわかる。やつらは味方基地が一切ない制海権(シーコントロール)どころか海上優勢(シースプレマシー)さえ取れない、敵の制海域(シーコントロールゾーン)へ次から次へと艦隊で陸軍部隊を送り込み、瞬時に見捨てた。ガダルカナル島を始めとするソロモン海戦線はこの典型だろう。タワラでもマーシャル諸島でもニューギニアでもパラオでもマリアナでもフィリピンでも繰り返し繰り返し艦隊派率いる海軍は味方部隊を置き去りにして自分たちだけ逃げた。まるで棄民だ。おかげで陸軍は島に置き去りにされて、補給は断絶、撤退は不可能という状態に置かれ、攻め込まれれば全滅、攻め込まれなくても半分が餓死という地獄絵図になった。「隣にいる仲間に握り飯ひとつ送ってやれなかった(涙)」と死ぬまで嘆いていた陸軍将校がいっぱいいた。当たり前の話だか敵の制海域(シーコントロールゾーン)に地上兵力を送ってはならない。すでにそこは敵基地に包囲されており、必ずSLOC(海上通商路)を切断されて補給・撤退が不可能になるからだ。海軍大学は何教えていたんだ!どうしてもその島が欲しいのならアメリカ軍がやったように当該海域を邀撃海域(シーディニアルゾーン)に指定し地上基地攻撃任務(フリートアゲインストシェアー)をおびた主兵力で周りの敵基地の少なくとも半分を潰し海上優勢(シースプレマシー)を取ってから地上兵力送るべきだった。それができないなら、初めから送らないのが当たり前!敵に押されて、後退邀撃する場合にも地上兵力の配備と海上優勢(シースプレマシー)はワンセットで一組。これを決して忘れてはならない。

 次に「艦隊派」のサボタージュとしか言いようのない ��、と �ぁ△砲弔い董�一言で言うね。「(艦隊派は)なーーーんも考えてなかった」(涙)。どんだけ阿呆なのか数字で示そうか戦時中、海軍は空母9隻、戦艦2隻、巡洋艦16隻、駆逐艦37隻、潜水艦24隻、海防艦34隻、特務艦13隻、計135隻をアメリカの潜水艦によって撃沈されている。これは開戦時の連合艦隊全兵力とほぼ同じ。軍艦でさえこうなんだから後は推して知るべし、戦時中、日本の500トン以上の民間船2285隻が米軍に撃沈された。これは当時の商船保有量のほぼ8割にあたる。そのうち潜水艦によるものは1150隻。おいらの故郷の千葉では漁船が海軍に徴用され、なんと丸腰のまんま哨戒任務についてほぼ全滅してる。。。。戦例調べれば防ぐ方法なんかいくらでも判るのに、船団護衛戦術なんて第一次大戦時に英国で研究し尽くされているじゃん!何やってたんだ? また、米軍に有名な飛び石作戦を許したこともこれに関係している。飛び石作戦とは必要のない日本軍の基地を素通りして進撃するマッカーサーの戦術。当たり前だがこれ本来ありえないの、たとえはトラック島は空襲を受けただけで素通りされてるけど、トラック島からは米軍のSLOC(海上通商路)が丸見え。ここに要塞化された潜水艦基地があったら日本側が米軍のSLOC(海上通商路)を遮断しマックの進撃を止める事が出来ただろう。戦後公開された米軍の計算では輸送船団の護衛に兵力が掛り過ぎて前線の兵力が半減してしまうことがわかっている。SLOC(海上通商路)攻撃任務さえやっておけば、米軍の戦力を半減できたのだ。米軍はそれを死ぬほど恐れていたのに。。上がバカだと現場大変(涙)だ。

 艦隊派が唯一取り柄と自画自賛していた�◆�地上基地防衛任務(フリートアゲインストフリート)=艦隊決戦も日露戦争時の構想そのまんま、まるでシーラカンスだ。ます日露戦争自体がめったにない特殊な戦争であったという事実さえ艦隊派は認識できなかった。まず、思い出さなければならないのは日露戦争において地上基地攻撃任務(フリートアゲインストシェアー)をはたしロシア太平洋艦隊とその本拠、旅順基地を壊滅させたのは連合艦隊ではなく陸軍の乃木第三軍だったてこと。あの、地獄の「203高地の戦い」だ。これあって初めて第二太平洋艦隊であるバルチック(バルト海)艦隊と決戦できたの。日本海海戦(対馬沖海戦)は、旅順基地、鎮海基地、佐世保基地と三方を包囲し、ウラジオストク基地を無力化した日本の絶対的制海海域(シーコントロールゾーン)に破れかぶれで突っ込んできたバルチック(バルト海)艦隊を望みどうり壊滅してあげた海戦で、勝って当たり前の戦い。あんな都合のいい準備万端の状態でしかも敵が自殺的攻撃をしかけてくる戦いなんてめったにない。ロシア側から見れば、対馬海峡に侵入するぐらいなら元来たリバウ軍港へ撤退するべきだったが、いつ攻撃してくるかわからない大英帝国艦隊の監視下で半年に及ぶ大航海を行ってきたバルチック(バルト海)艦隊は疲労困憊すでに反乱寸前の軍規崩壊状態にあり、判っちゃいるけど突入せざろう得なかったのだ。日英同盟に従って法的・心理的にすでにバルチック(バルト海)艦隊は殲滅されていた。

 敵基地は他人(陸軍)が勝手に落としてくれる、敵艦隊は他人(大英帝国)が監視して疲労させ通報してくれる。よし、これを前提に作戦を立てよう!って冗談抜きで海軍軍令部に蟠踞する「艦隊派」はこれを前提に海軍戦略と作戦を立てていた。しかも、助けてくれた英国を標的としてだ!くーーーー(涙)。ここまで馬鹿だとなんていっていいかわからない。おかげで、「邀撃漸減戦法」と名付けられた作戦は穴だらけのボロボロ。まず哨戒網一つ、ろくに整備してないので敵艦隊を見つけられない(泣き)。真珠湾の5か月後にいきなり、本土真近まで空母に接近されてに東京を空襲される始末。海戦における哨戒網の重要性さえ気づかないんだから、防諜を含めた情報作戦なんて推して知るべし、暗号なんて筒抜けだった。陸軍との作戦の摺合せもせずに海兵隊も持たない。泊地(艦隊の集結・休養拠点)はもっても、西太平洋全体に広がった島礁にも制圧した大陸・半島の沿岸部にも基地はろくすっぼ造らない。ましてや戦略的要衝(チョークポイント)にある基地を要塞化することなど考えない。ふつう、いつの時代・どこの国でもあれを戦略・作戦計画とはいわねーーーよ(怒)!ふーー。続いて、地政学について語りたいが、ちかれた、今日はここまで。ていうか、明日試験本番なんだよね。少し準備して、今日は早く寝ます。皆さんおやすみなさい。そして、いってきまーーーす。とほほ。





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