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2026年09月22日10:20

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年9月22日(火曜日)

『日本の城』

「暑い、暑い」が口癖になってしまった夏。
夏の日は、入道雲がやってくると、天空で鳴り響く雷さまと共に、夕立が降り、あの暑さを随分と和らげてくれました。
でも、今頃になると、雷さまも鳴りを潜めてくれて、これからは秋空が広がりますから、旅に出かけるにはよい季節になってきます。

戦国時代から江戸時代にかけて、大名たちが権力を誇示するために築き上げた天守(天守閣)を備えた豪壮なお城。
歴史ドラマを感じながら、この秋は、お城巡りでもされてはいかがですか。
ただ、今は見ることのできない名城もあります。
だからね、お勧めしたくなるのが、姿を消した名城跡の旅、こんなことを思ってしまうのです。

お勧めの第一位は「安土城」です。
所在地は滋賀県近江八幡市、城主は織田信長。
天守建造年は1579年、天守焼失年は1582年。
安土城天守は、琵琶湖の東岸に突出する、標高199メートルの安土山の頂にありましたが、干拓によって、今は周囲が陸地になっているのです。
昔は湖水に接する位置だったことから、湖上交通ができたといいます。
この安土城に暮らしたのは信長。
この城を訪れたのが、宣教師ヴァリニャーノとフロイス。
「本能寺の変」の後、明智光秀が入城。
この後、天守・本丸の建物が焼失したのが1582年6月15日。
でも翌年の1583年1月には、豊臣秀吉が安土城に入りました。

この辺りを歩いてみれば、もしかすると信長、光秀、秀吉の「気」を感じ取れるかもしれません。
安土城の最上階は6階、信長の居間があったのは3階だったようですね。
明治の「廃城令」(城を存続させるか廃止〔解体・売却〕するかを決める法令)がなければ、山口県の「萩城」は消えずに済みました。
丹波の「亀山城」は明治初期には取り壊され、陸軍用地になりました。
鳥取県の「鳥取城」も陸軍用地に。
群馬県高崎市の「高崎城」は、天守の代用として建てられていた“三重櫓(御三階櫓)”の石垣まで壊され、陸軍用地にされました‥‥残念な城がありすぎます。
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