去る日曜日は総武線快速→外房線にてお出かけ。
降車したのは総武線快速が直通する上総一ノ宮の一つ先、東浪見駅(とらみ)です。
12年前、千葉スカ自転車部で大多喜や養老渓谷を走った事が有りますが、その際のスタート地点がここでした。
おそらくそれ以来でしょう。
さて
ここから歩いて目指したのは釣ヶ崎海岸。
こちら「千葉カレー」箱裏の写真で知り、ぜひ自分の目で見たい!と思っていたのです。
駅と釣ヶ崎海岸への往復に使えるのはほぼ50分。
キョリ測によると約2.2km、歩きだとかなりギリギリで、その次だと1時間くらい間が開いてしまいます。
急がねば!
その甲斐有ってかなんとか21分程で到着!
千葉カレーの箱で見た鳥居が見えてきました。
何かやっているっぽいな⋯
何やらアナウンスっぽい声が聞こえています。
そして天幕の数々⋯
どうやらサーフィンの大会だったよう。
後で調べてみると、この釣ヶ崎海岸の波は非常に良いらしく、2021年の東京五輪サーフィン会場だったとか。
しかし時間の余裕は皆無。
競技中の選手を目にする事無いまま、鳥居周辺を回り数枚写真撮ってすぐ引き返しました。
そう言えばあの鳥居って、何処かの神社の一の鳥居という事?
一宮町と言ったら玉前神社ですが、参道と言うには位置が離れています。
そんな事を考えながら歩いていると、往路は気づかなかった神社の案内が有りました。
しかし時間の余裕が無くここは素通り。
これまた後で調べると、このような神社だそう。
社殿は⋯?
林の中?
改めて見に行かねば⋯
帰路も早歩きし、東浪見駅の構内跨線橋を歩いている際、乗るべき列車やって来ました。
間に合ったぞ!
この後は山武市の松尾へ。
東浪見から一見線路がそのまま繋がってそうに見えますが、大網駅と成東駅は千葉方面から分かれるような形となっており、スイッチバックしない限り直通は出来ません。
そんな列車は存在せず、更に東浪見駅は外房線末端区間の為、今乗っている列車は上総一ノ宮駅止まり。
よって上総一ノ宮駅、大網駅、成東駅で乗り換えなければならないのです。
上総一ノ宮駅は到着すると既に乗り換える列車が停まっており、数分後の発車で大網へ。
そして大網。
実は、今回の行程は盆休み初日8/13に行く予定でした。
この時は輪行を考えていた事も有り、朝起きると空模様が今一つで中止していたのですが、この日は例の千葉県豪雨の日。
もし行っていたら帰宅出来なかったかも⋯
結果的に中止して大正解でした。
そんな事を思い出しながら、東金線ホームから駅前を眺めておりました。
当時はここがすっかり水没していたのでしょう。
大網駅と成東駅ではそれぞれ20数分づつ待ち、1309に松尾駅着。
ここは初めての利用です。
そしてここも次の列車までは30分ほど。
そしてここのお目当ては松尾城址。
遺構は残っていませんが、それを彷彿させるような地形を眺めてこようという訳です。
行って帰ってくるだけなら30分で余裕ですが、これだと殆ど見て回れません。
まだ昼食を食べてなかった事を思い出し、1本後の列車で帰る事に変更。
時間調整を兼ね、駅前の洋食屋さんで昼食を戴きました。
頼んだのはポークカツライス。
何やら昔懐かしい感じ!
食後は松尾城址に向かいます。
ところでこの松尾城とは日本最後の城の一つで、実は未完の城。
徳川家の駿河移封に伴い遠州掛川藩からこの地にやって来た太田資美(太田道灌の子孫)により築城され、函館や信州龍岡の五稜郭と同様、星形の西洋式城郭でした。
ところが、すぐに廃藩置県や版籍奉還が有り築城は中止、破却されたよう。
そんな松尾城址も行ってみようと長らく思っていましたが、漸く来れたのです。
範囲はよく分かりませんが、あの高台がそれでしょう。
先ず向かっているのはこちら。
⋯と思えば、その手前の山武望洋中の場所にこのような案内が有りました。
うん?
星形の西洋式城郭と聞いて、函館や信州龍岡のそれと同様、五芒星のような縄張りなのかと思っていたのですが⋯
三角形の星形?
想像し難いですが、3つの刃のヒトデ形手裏剣形という事でしょうか?
そして元々向かっていた石碑は、自動車教習所内に有るのか、外からではその姿を確認できず。
こんなのが有るらしいですが⋯
こちらは断念しました。
この道は、ひょっとして当時からの道では⋯
先の汐見坂を通って下ります。
気になった神社が有ったので寄ってみました。
末廣神社、祭神は太田道灌。
なるほど!
最近では珍しいセブラ柄の信号機。
駅の跨線橋から、城址の高台が望めます。
城郭の範囲が気になったので、帰宅して改めて調べてみると、望洋中学校や自動車教習所を含めたけっこう広い範囲であったよう。
あまり星形っぽくないてすが⋯
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