本日の世見 2026年8月15日(土曜日)
『財閥』
明治維新後の日本って、世界が驚くくらいの速さで近代国家としての体制を作っていったと思います。
今でもその名を残す人々がいます。
彼らは、多くの富を手にした「財閥」と言われる巨大集団の人々です。
かつて日本には、四大財閥と呼ばれた財閥がありました。
三菱、三井、住友、安田です。
三菱といえば、岩崎彌太郎(1835年生)
三井といえば、三井高棟(1857年生)
住友といえば、住友友純(1865年生)
安田といえば、安田善次郎(1838年生)
住友と三井両財閥は、江戸時代の豪商が始まりですが、三菱の彌太郎と安田善次郎は、人としての輝きが頭ひとつ違う気がします。
安田善次郎のひ孫にあたるのが、ビートルズのジョン・レノンの妻のオノ・ヨーコさんだったと思うのですが。
奉公人から一代で築き上げた金融帝国。
その主役が安田善次郎ですが、1921年、大磯の別荘で「吝嗇家(りんしょくか=ケチ、守銭奴)で社会に貢献をしない富豪」というマスコミからのバッシングを受け、それを信じた国粋主義の青年に刺殺されてしまいました。享年82歳でした。
善次郎が匿名で寄付をしていた中の一つが、あの「安田講堂」でした。
彼の死後に完成したことで、この講堂に安田の名が残されたのです。
また、「日比谷公会堂」も善次郎の寄付によるものです。
一方、彌太郎は胃がんで死去。
住友友純は、住友家の養子に入り、15代当主になるも、自ら経営には参加しませんでした。
三井財閥の始祖は三井八郎兵衛高利。
住友家の祖先は、戦国時代に柴田勝家に仕えた武将・住友政俊。この孫の住友政友が「富士屋」という薬種業、出版業の店を始めます。
これが商人としての住友家の始まりでした。
今では日本からは、財閥という言葉は姿を消しましたが、お隣の韓国には、まだこの言葉が生きています。
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