1945年朝鮮半島が分裂する前に、日本に密入国した子供が居た。
日本で成功したはずの兄を頼り、映画『スパイの妻』ならぬ大型貨物船の倉庫に小さい体で忍び込んだのだ。
彼はTさん。朝鮮半島が分裂した年代が1945年なので、その前に子供だとするとかなりの高齢者で、現在の生存は確認できない。
我が家の父を頼って、住むところが無いので困っている事を伝えたらしい。
坊っちゃん育ちで気の良い父は、かわいそうにと賃貸家屋に居ながら、玄関の3畳間が空いているので住ませてしまった。
現在のように厳しい法律で取り締まる事が出来ない時代だ。
皆が法律を無視して、助け合って生きていた時代。
そう、作家 宮本輝氏の 『流転の海』の小説をご存知の方なら、理解できると思う。
夫婦二人と赤ちゃんも居た。そこで住めるだけでも有難いと感謝していたTさんなのだが、普段はとても大人しい人ながら、いざ酒が入ると酒乱となった。
狭い3畳間で、女房を殴る蹴る、赤子は泣き叫ぶ。
私は母に抱きついて、恐怖を訴えていた。
私はまだ幼児だったが、その光景をしっかりと覚えている。
『お父ちゃん、なんとかして!』と母が訴えた。
体の弱い父も、これは無視出来ないと思ったのか、3畳間に入り暴力を止めようとした。
その時、酒乱のTさんは、既に手元に出刃包丁を持っていたようだ。
父も呼吸が荒くなりながらも、怒りながら、Tさんを宥めた。
酒の酔いも無くなってきたのか、父の説得に応じ、次第に大人しくなった。
翌日はケロッとして、人の良いおじさんに戻っていたTさんなのだ。
そして、純舞ちゃん、手品を見せてあげるようかと得意げに笑顔で言った。
『うん、楽しみ、みたいな』と言ったかどうか定かではないが…
Tさんが腕をまくった。
その腕の中央一面には、見たことも無い醜いケロイド状の跡が残っていた。
『おじちゃん、この傷跡は何なの?』と聴くのは、子供ながら、勇気が必要だった。
『これはね、ヒロポン注射を何回もやった跡なんだよ。絶対にマネしちゃダメだよ!』
と言いながら、握った拳の箸を睨むようにしながら
『お水よ、お水よ、命のお水よ』とか呪文を唱えながら、箸の先からお水をポタポタと出す、熱演をしてくれた。
人の良いTさんは、その後すぐに仕掛けを披露してくれた。
耳の裏に水を含んだ脱脂綿を隠していたことを
戦時中や戦後数十年の日本は、そんな人達が多くいた時代だったのだ。
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