父が入院したのは、もう二週間ほど前だったか。
ベッドからトイレにたって、動けなくなり、俺が呼ばれて行って、あれこれあったあと、救急車で病院に搬送された。
顔色も悪くないし、しゃべれないわけでもないから、これくらいで、と言われるかもしれないとは思ったんだけどね。
ただ、今でこそずいぶんやせたけど、身長は175センチ、体重も以前なら80キロオーバーだった父は、170センチ、68キロの俺よりもだいぶ大きいのだ。体調を悪くしているのに、そーっと運ぶのは無理だった。
結果としては脳に小さな出血が見つかり、救急車の判断は決して間違いではなかったと思う。
小さな出血だけど、嚥下に障害が残るかもしれないので、リハビリの病院に移りましょう、と週がかわってから病院を移動した。
移動した翌日、入院したリハの病院から電話があり、食事が進まず、CTで検査したところ、たぶんがんであろう影が見つかった。この場合、リハ病院では対応できないので、移動するかもしれない、とのことだった。
リハの病院は二泊して元の病院に移動になった。
検査の結果、かなり大きながんがみつかり、しかもほかに転移している可能性もあるという。
年齢や本人の体力から考えて、手術は難しく、化学療法も負担が大きいという話だった。
最初の段階で父とは話をして、あまり大きなことはしたくない、自然のままがいい、ということだったので、そのように主治医の先生に話す。
ホスピスとか緩和ケア病棟を探すことになった。
その後、すぐに状態が悪化したとの連絡があり、現状では移動も難しいので、もう少し様子をという話になったり、ここ数日はちょっとばたばたしていた。
今は落ち着いているという。
仕事の方も、ここしばらくは中抜けしてはあとでもどって、ということを繰り返している。
ちょっと落ち着いたので、少しずつ父が懇意にしていた人に電話で連絡もはじめた。
現状でお見舞いにきてもらうのは難しいが、いきなり、というのもなぁと考えたうえでのことだった。
父ももう、82歳。
老衰というには早いのかもしれないが、決して若いわけではない。
いずれ、くるときではあるんだよね。
入院になったばかりの頃、ベッドに横たわる父のそばにいると、父は少し話しづらそうに、
「長生きしても、あんまりいいことはないぞ」
と言っていたっけ。
カイシャのあとを継いだ俺からみて、父の人生はけっこう充実したものだったろうと思う。
最近はめっきり口数も減ったが、もう、やりきった感はあったんじゃないかな。
あれこれ手続等をすませ、帰る前にちょっと父の手をにぎり、
「じゃあ、帰るね。またくるから」
声をかけると父は、
「ありがとう。ありがとう」
と繰り返し言っていた。
それは、入院のこととか、このとき俺がしたことに対してではなく、いろんなこと、これまでのすべての時間に対していっていたのかもしれない。
ゆったりとした時間が、もう少し続いてほしいな、とは思う。
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