「47年間ありがとう」江ノ電1000形が引退 「最後まで湘南鎌倉のくらしに寄り添い、走り抜けました」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8868643
江ノ電(江ノ島電鉄)が、自社の公式X(旧Twitter)及びウェブサイト
https://www.enoden.co.jp/train-news/30072/
にて、1000形電車の第1編成(1001+1051)が昨日(7月14日)の運行を以て退役したことを告知ですか。曰く、
1000形「1001-1051号」は、7月14日(火)をもちまして営業運転を終了いたしましたことをご報告申し上げます。
営業運転開始から約47年、多くのお客さまにご利用いただき、心より御礼申し上げます。
最後まで湘南鎌倉のくらしに寄り添い、走り抜けました。
とのことで、昭和54年の就役以来約47年に亘って藤沢と鎌倉の間の約10kmの路線をこつこつと往復し続けたこの車両が、新型車両700形の導入により、それに代替される形で営業運転から離れることとなった次第。
昭和54年当時の江ノ電(当時の社名は「江ノ島鎌倉観光」)と言えば、昭和40年代前半、折からのモータリゼーション(motorization、自動車が社会や大衆に広く普及し、生活必需品となっていく現象のこと)の進展により、乗客数の減少が顕著だったことで廃止が取り沙汰されていた中、並行する道路の渋滞や大気汚染等の問題もあり、その存在が再評価されて乗客数が回復し、昭和45年に東急世田谷線の80型電車、翌昭和46年に上田丸子電鉄(当時)のモハ2340形電車(旧山梨交通7形電車)をそれぞれ譲り受けて輸送力を増強、2両編成(連接車または連結車)の運行から一部で4両編成の運行を開始した時期ですが、旧型車の改造車や機器流用車両ばかりだったことで、今後のサービス改善の為には新造車の導入が最良であるとの結論に達し、新たなコンセプト、新たな設計のもとで、この年に2編成4両(連接車)が導入された(江ノ電としては48年ぶりの新造車)のが1000形でした。
新型車両の1000形は好評を以て迎えられ、昭和55年の鉄道友の会「ブルーリボン賞」(第23回)の受賞車両となりました。その後、昭和56年に1100形(冷房装置設置準備車両)、昭和58年に1200形(冷房装置設置車両)が増備、さらに走行装置の設計を変更した1500形が昭和61、昭和62年に加わり、在来車両は次第に置き換えられ、車体の設計やエクステリアを改めた2000形、10形、20形、500形、そして約18年のブランクを経て今年700形と、走行装置や設計の見直しを続けながら発展を続けた訳で、謂わば、その始祖となったのが1000形でした。
1000形は、冷房装置の設置や車体内外のリニューアル等を重ね、接客面での改善が成され、一方では在来車両も300形の一部が冷房装置の設置や走行装置の近代化工事を受け、1000形以降の車両との連結が可能となりましたが、うち唯一305+355の編成が残存、他車と同様に使用されています。
しかし、海岸沿いに路線があるという立地から、特に塩害による老朽化という問題に直面という事情もあり、代替車両の導入となり、今年の700形(2編成4両)の投入と入れ替わりに退役となった次第。それより古い昭和35年製の車体を持つ305+355に先駆けてとなりますが、同車は、謂わば「動態保存車両」のような存在で残すことになるようです。
1001+1051は「7月中旬頃の退役(具体的な日取りは公開せず)」とアナウンスされており、私もこの前の土曜日に訪れましたが、「ONE PIECE」のラッピング広告を纏った1101+1151と4両編成(藤沢寄り)を組んで、最後の務めを行っていました。各撮影地には「葬式鉄」のギャラリーもおりいつもより撮影者が多かったですが、江ノ島ー藤沢間で乗車しました。
所謂「インバウンド」の観光客が増え、地域の観光資源としては欠かせない存在となった江ノ電ですが、それを支えた1001+1051に「お疲れ様でした」と言いたいと思います。
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