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2026年07月05日14:03

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映画「箱の中の羊」

難しい。
問題が多すぎて解釈というか、
中身を咀嚼するのが難しい。
是枝監督はもちろん名監督で、脚本も演出もうまい人。
この映画も絶対に「悪い作品」ではないのだが、
難しい。

「映画を見た人それぞれで見えるものが違う」とでも言えばいいのかも。
とりあえず箇条書きでやってみる。

1)近しい人を亡くした人間には、必ず「死者に謝りたいこと」があるということ。

長患いで十分に手間もお金もかけたとしても、必ず後悔する。
「あれもやればよかった」「あれはやらなきゃよかった」と思う。
亡くした息子の代わりに来たロボット子供を返すと決めたとき、
父親が「謝れたのはよかった」と言う、その通りと思う。

2)どんなに大事な子でも、母親は「いなければいい」と思う瞬間があるということ。

どの小説だったか忘れたが文中にあった母親の言葉。
「押せば子供たちが一瞬で姿を消してくれる魔法のボタンがほしいと何度思ったか。」
「でも、もう一度押したらすぐにみんな戻ってくるボタンじゃないとね」
親子といえど他人同士だから、つきあう上で何のトラブルもないとかありえない。
ロボット子供が仕事の邪魔をして「契約解除する」と思わず言う母親は、
アポなし訪問し家の中を引っ掻き回す自分の母親に「契約解除」したがったではないか。
親子とは、一番身近な「トラブルを孕んだ人間関係」だと思う。

3)大事な子供と思っていても、なぜか虐待したり捨てたりする親がいるということ。

これはとっても不思議だが、多くの実例を見聞きしてきたので事実である。
事実と認めざるを得ない。
命が危険なほどの虐待を繰り返す親が「絶対に施設に入れたくない、養子にも出さない」
と言い張り、結果的に死なせてしまう、という事件は珍しくない。
子供にとっては親は唯一無二の存在だからどんな虐待を受けても親といっしょがいい、
でも親にとっては虐待を繰り返すくらい邪魔で憎い相手、どうして手放さないのか?

この映画では、人間でないロボット子供たちは虐待した挙句捨てられてしまう。
ずっと右手に黒い手袋をしてた女の子ロボットは人工皮膚がない手を隠してた。
営業所に行けばきちんと修理してもらえるのに、親は治療(修理)はしないで捨てた。
こうなるかな?
好きなだけ好きなように虐待しても死なない相手として家に監禁するんじゃないかな?
‥そういう環境から「救出」されて逃げて来た集団、という設定かもしれない

5)子供はいつか自立する、ということ。

主人公夫妻が迎えたロボット子供は虐待まではされていない。
そのまま家にいようと思えばできた、親も迷いつつもう少しいっしょにいるつもりだった。
それでもロボット子供は家を出る決意をする。親でない「自分の家族」を選ぶ。
これはつまり「子の自立」だよね。
虐待が理由で家を出た子も、親を追い求める生活から抜けた、と言う意味では自立だよね。
子の自立は親の自立(子離れ)とセット。
ハッピーエンドと言い切れないこの映画の終わりがなぜか爽やかなのは
そのあたりに理由がありそうだ。
親の助けを不要とし、むしろ邪魔なものとして切り捨てるのは、悪いことじゃない。
親が「親ってそんなもんだ」と認める姿も潔い。

6)近しい身内を失ったとき「誰かのせい」と考えがち、ということ。

2年前に親との待ち合わせ場所から離れて踏切事故で子が亡くなったのは、
「迎えに行く予定だったのに行けなくなった」
「なぜなら自分の母親が突然アポなし訪問してきて出かけられなくなったから」
と母親は考える。悪いのは自分、そして自分の母親。

母親の代わりに迎えを頼まれた父親はにパチンコの出玉が連続してすぐに行けなかった。
待ち合わせ場所から子供を連れ出した見知らぬ男がいたとの情報があったが
警察は「子供がひとりで踏切に出かけ、過失で事故に遭った」と結論した。
「パチンコなんかしてた自分が悪い」
「待ち合わせ場所から子を連れ出した犯人が悪い、捜査しない警察が悪い」
と父親は考える。悪いのは自分、そして子供を連れ出した犯人。

ロボット子供はさらりと言う。
「誰も悪くない、誰のせいでもないんだよ」。
その通り、と思う。

7)異質な素材を組み合わせることで、世の中がもっとよい場所になる、ということ。

「ガラスと木」という組み合わせで家を建てることに情熱をかける親たち。
自然の森と家に植えた木、も50年もたてばつながりあい、一体化する。
捨てられた人間の子供とロボット子供も、いっしょに生活するうちに
「誰にでも住みやすいよい社会」を作っていくのではないだろうか。

ロボット子供のひとりが、虐待から救出されて来た人間子供を見て
「人間だけができることって何?何もできないじゃん」と軽蔑したように言う。
人間子供は顔をゆがませてその場を離れる。
…人間VSロボット、では「ターミネーター」の世界になってしまうけど、
自分は手塚治虫のように「人間とロボットが助け合う未来」を信じたい。

8)「本当に大切なものは目に見えない」ということ。

「星の王子さま」では、砂漠の真ん中で壊れた飛行機を修理する主人公は
通りすがりの王子さまに「ねえ、羊の絵を描いて」と言われて困り果てて、
「覗き穴がある四角い箱」の絵を描く。
「箱の中にあんたが欲しい羊が入ってるよ」
それを見て王子さまの顔が輝く。「そう、こんな羊がほしかったんだ」

本当に欲しいもの、本当に大切なもの、本当にいつまでもそばに置きたいものは
目に見えないことも多いが、
大事なのは「本当に欲しい」「本当に大切」「本当にそばにいてほしい」と
信じ続け思い続けることだ、そういう意味だと思う。
信じればどんな望みもいつかかなう。
望みがかなわなくなるのはあきらめるからだ。


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