やり場のないやるせない気持ちに苛まれる一方、1946年(昭和21年)11月に僥倖に恵まれることになります。横浜港に人道支援物資が届いたのです。敵国だったアメリカから!
浅野七之助・安井關治らアメリカ在住の日系人やアメリカ人キリスト教徒で構成された善意の民間団体(アジア救援公認団体)から送られてきたのは食料・衣料・医療品などでした。その団体の英語名Licensed Agencies for Relief in Asiaの頭文字からLARA(ララ)物資と呼ばれたこれら生活必需品が飢えと寒さに苦しむ人々の暮らしの一助になったことを疑う余地はありません。
具体的には粉ミルク・脱脂粉乳・砂糖・缶詰・衣類・靴・学用品・石鹸などに加え、搾乳のための山羊や乳牛などでした。
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