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2026年06月10日20:38

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「平成の日本政治の“厄介な存在”」の印象が強い人だった。

■河野洋平・元衆議院議長が今月8日に死去 89歳 自民党総裁や外務大臣など歴任 93年には「河野談話」発表
(TBS NEWS DIG - 06月10日 18:40)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8821997
衆議院議長や自民党総裁等を務めた河野洋平、亡くなる、ですか。昭和12年、神奈川県平塚市の生まれで、早稲田大学政治経済学部卒業後、丸紅飯田(現:丸紅)勤務等を経て、父親である河野一郎元農相の死去に伴い昭和42年の衆議院選挙に出馬し、初当選。昭和51年に発覚したロッキード事件に伴い、田中角栄元首相の金脈問題を批判して自民党を離党、新たな政党「新自由クラブ」を結成し、代表を務め、当時大きな話題となりました。
しかし、新自由クラブが昭和58年に自民党と連立政権を組んで科学技術庁長官で初入閣。党内路線の対立により昭和61年に解党し自民党に復党、平成4年の宮沢喜一内閣で官房長官に就任。在任中の平成5年8月に官房長官として慰安婦に関する「河野談話」を発表し、様々な議論が起こりました。発表にあたり、談話の内容の根拠について「韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査」とし、「事実を事実としてわびることが、日本の取るべき道だとの確信は揺るがない」としていましたが、例えば、産経新聞は、
https://www.sankei.com/article/20160521-SCFXPT6BCZJSXA5G5OLLB6PVJQ/
のように、その「根拠」そのものが「杜撰なやっつけ仕事」であり、加えて「談話の原案は聞き取り調査の実施前に作られていたことが判明して」いて、「政治的妥協の産物」であると批難し、今回の訃報の報道
https://www.sankei.com/article/20260610-FH66FU2WUJNH3J6Z7CUWHGCLSY/
でも「旧日本軍による慰安婦の「強制連行」を裏付ける証拠がないにもかかわらず、記者会見で慰安婦募集に強制性があったと述べ、禍根を残した。」としているように、平成時代の日本の政治における重要な問題点として、批判的な視点が大きく影を落としたものとなったようです。
その年の衆議院選挙で自民党が結党以来初めて野党に転落すると、第16代自民党総裁に就任。「非自民・非共産連立政権」だった細川護熙首相(当時)との間で選挙制度改革に合意し、現在の衆院小選挙区比例代表並立制の導入に道筋を付ける動きとなりました。その翌年、細川護熙内閣は崩壊、羽田孜内閣を経て、社会党の村山富市委員長(当時)を首相とする自社さ連立政権の発足で自民党は(選挙を経ずして)政権与党に復帰し、副総理兼外務大臣に就任。その後、小渕恵三内閣、森喜朗内閣でも外相を務めましたが、与党になっても内閣総理大臣にはならず、「内閣総理大臣になることの無かった初めての自民党総裁」となりました。
小泉純一郎内閣の平成15年に第71代衆院議長に就き、麻生太郎内閣の平成21年に政界を引退するまで2029日間(当時の歴代最長)務めましたが、やはり「河野談話の人」の印象が強い人となった感は否めないでしょう。
享年89とか。合掌。
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