作詞家の橋本淳さん死去、86歳 郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」など
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作詞家・橋本淳、亡くなる、ですか。橋本淳と言えば、昭和40年代の日本の音楽界にあって、作詞家として「歌謡曲」の分野で多くの作品を残した人であり、特に、すぎやまこういちや筒美京平と言った作曲家とのコンビを中心に活躍していました。当時の歌番組で曲名のテロップが出ると作詞者と作曲者も表示されていましたが、「作詞・橋本淳、作曲・すぎやまこういち」とか、「作詞・橋本淳、作曲・筒美京平」と言う文字を何度も見たものでした。
で、どんな作品があるか、Wikipedia日本語版の項目を調べると、まああるわあるわ、その時代の音楽界はこの人無しには成り立っていなかったと言っても過言ではないほどの存在だったことがわかります。発表した楽曲が2,000曲超、ザ・タイガースの「僕のマリー」、「シーサイド・バウンド」、「モナリザの微笑」、「君だけに愛を」に、ジャッキー吉川とブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」、ヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」と言った、グループ・サウンズ(GS:「自分たちで演奏する」ことに特化したスタイルのバンドで活動していた当時の歌謡界のトレンド)の楽曲やいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」など、そのディスコグラフィーを見ると、いかに「時代を創った人物」であったかが見えて来るでしょう。
青山学院大学在学中から作詞を独学で学んだと言う橋本淳ですが、在学中に見出されて師弟関係のような存在だったすぎやまこういち、大学の一学年後輩だった筒美京平と、コンビを組んだ作曲家に恵まれたのが、多数のヒット作を輩出した理由になっていたのかもしれません。
そして、この訃報で初めて知ったのですが、橋本淳はペンネームで本名が与田準介と言い、父親が児童文学者で詩人の与田凖一(1905〜1997)だとか。文筆の世界の人と言うと“なるほど”ですが、児童文学者なのがちょっと意外な感じがしました。
肝硬変で闘病、享年86とのこと。合掌。
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