森村誠一氏の名作「人間の証明」でも有名な、「母さん僕のあの帽子どうしたでしょうね」という西条八十「帽子」という歌が有ります。
個人的な事を言えば、かつて群馬県の霧積小屋に展示されていたこの歌の額を見て、「これって(昔CMで見かけた)人間の証明の⋯ではないか?」と、早速「人間の証明」を読んだ事から、その後同氏の作品をかなり読む事に繋がりました。
その霧積小屋も無くなった今、今回どうしたのか問うているのは帽子ではなく、ドウキ⋯「動機」でも「動悸」でも、もちろん新日のDOUKIでもなく、「同期」です。
現在、医療系の会社で再雇用という身分の私ですが、35年以上前に新卒で入ったのは読みは同じ「イリョウ」ながら、医療ではなく衣料。
某紳士服専門店でした。
色々有って4年半ほどで辞め、何ヶ月の無職期間を経て現在の勤務先に入った訳ですが、当時は若手だった私も還暦を過ぎてみると、さて前職の同期は皆元気なのだろうか?と時折思い出します。
退職後も何年かは繋がっていた人もいたもののやがて没交渉となり、今では前職の人で繋がっている人はいません。
在職中から同期で辞める人はいましたが、クールビズやコロナ禍を経た今、仕事でもスーツを着ない層は着実に増えていると思います。
スーツ着る人にしたところで、当時のように4万円台のスーツがそんなに売れるとは考え難い。
礼服は買うとしても、普通はそんな何着も買う物でもないでしょう。
ワイシャツやネクタイなどの小物すら、今では着ない人も多そうですし⋯
当時からレディース進出は噂されていたものの、後にそんな流れは無くなったと思えば、更に後にはしっかりレディースも扱っているようですが、少なくともこの分野では以前よりパイは小さくなっているでしょう。
拙宅近所の紳士服専門店も、売場の一角が学習塾か何かになったよう。
当時の同期がどれほど残っているのか不明ながら、まさか還暦間際になってコロナ禍などでスーツ着ない層がこれほど増えるとは予想していなかったでしょう。
それは当時の私も同じですが、さて同期60余人(たぶん)のうち、何人が同じ会社で定年を迎えられたのか。
或いは転職していても、現在は安定した生活を送れているのか。
平成元年入社ながらまだ昭和精神が色濃く残っていた時代、スパルタな研修をくぐり抜けた同志といった意識も有り、私より前に辞めた人を含めて皆が良い状況に有る事を祈ります。
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