70歳の先輩がリタイヤ?してから数ヶ月がたつ。大黒柱を失った喪失感の中、心の中では必死だ。バイリンガルの先輩は、半日勤務。Ms.19は休みがち。自ずと気負ってしまう。
それが、私の歩くスピードに表れる。隣にいた同僚が、「歩くの早っ!」後方にいた。
ふと・・母の記憶がよみがえった。
早く歩けない母の前を歩く私。「早くしてょ」。胸がチクチクする記憶。
思いやりがない、自己中の考えと行動。今思い出しても、なんてことをしてしまったのだろうと、涙がにじむ。が、結局、繰り返している。
「早く」など、さほど何かを大きく変えることでもないのに。結局。
ふと・・雑談で。娘さんのお迎えに行ったお父さん。助手席に娘さんが乗ってすぐ、隠れた。「何した?」(娘さんの)友人が視界に入り、父と一緒にいるところを見られたくないから、隠れた。とのこと。
あるあるだ。心当たりがある分、また胸がチクチクした。当時気にもかかけない行動。年を重ね振り返ると、いたたまれない気持ちに襲われる。これを学びと呼ぶのだろうか?
ログインしてコメントを確認・投稿する