先日、ちょこちょこお邪魔している池袋のLivingbarFI5VEにて、初めて来店されたというご夫婦がいらっしゃいました。
お二人とも私よりややお若いくらい?
日本人の奥様と外人さんらしきご主人です。
席が近かったので、「お国はどちらですか?」と聞いてみると、トルコからとのこと。
おぉっトルコと言えば!
世界史から日本史、更に郷土史まで含めて歴史好きの私としては、トルコは実に興味深い!
我々日本人だと、民族と国家の境界が概ね一致している印象が有ります。
そして今日のトルコは、アナトリア半島に加えてイスタンブールなどバルカン半島にも領土を持つ共和国であり、同国の国民というイメージが有りそうですが、民族としてのトルコ(日本ではこちらをテュルク系と表記する事も多い)が住むエリアは、それより遥かに広大です。
旧ソ連の中央アジア諸国や中共の新疆ウイグル自治区にまで広がっており、前者が西トルキスタン、後者が東トルキスタンという名称でも呼ばれている事が、その広さを物語っています。
そのような事から、トルコのは国家名だったり民族名だったりするものの、現在の国家の地域名ではなさそう…と、日本とは本質的に異なる国家・民族感が有るのだろうと思っておりました。
とは言え、この時は少々飲んでいた事もあり、思い出せない名称が多く、「トルコと言ったら、えーとカ、カ、何だったか…」
「カッパドキア?」
「そうです、カッパドキア!」
「あと、建国の父と呼ばれる…」
「アタチャルク?」
「そうですそうです、ケマル・アタチャルク!」
のような会話ばかりに( ̄▽ ̄;)
専制的帝国の姿を残していたオスマン帝国が第一次大戦で敗北した際、その国の姿を一気に変えたアタチャルクの活躍が無ければ、トルコは今よりもっと領土が削られていたでしょうし、これは日本の明治維新と比肩するくらいの運動だったと思っていますが、トルコの人でも、アタチャルクに対して必ずしも無謬性をもって見ている訳でもないのかな…と感じました。
(オスマン帝国・・・昔はオスマントルコと習いましたね)
おそらくアタチャルクは共和制の象徴であり、現大統領は保守回帰の傾向が強い方である事も影響しているのでしょうか。
まぁいくら国の英雄でも、反対の考えの人がいるのは当然と言えば当然です。
そしてトルコと日本の関わりで忘れてはならないのが、イランイラク戦争のさなか、イランからの日本人出国の為、トルコ政府が自国の航空機を日本人脱出の為に差し出してくれた一件。
言うまでも無く危険な任務ですから、日本の航空会社から拒否されたとようですが、なんでもトルコではその任務に皆が積極的に志願しようとされたとか。
そしてトルコの方曰く、「エルトゥールル号の借りを返しただけです。」
これは明治期のオスマン帝国軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で遭難した際、現地住民により救助され、後に日本の軍艦で本国まで送り届けたという一件で、トルコでは広く知られているそう。
そんな話交えながらの楽しい国際交流でした。
現実的な事を言えば、地域大国として台頭しつつある同国という事も有りますが、こういった歴史を鑑みても、友好関係を長く保ちたい国の一つです。
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