三連休は、例によって、一子shu-2は野球。
初日は練習試合だったので、ふだん補欠のshu-2も第一試合から出してもらっていた。
まぁ、それはいいんだけど。
前日、金曜日の雨で、グランドはかなり水気を含んでいた。
子どもたちと監督さんが、でかいスポンジで水を吸い出したり、トンボかけたりしてグランド整備していた。
「手伝えることありますか?」
と監督さんに声をかけ、スポンジで水たまりから水をだしてほしいといわれたので、そのようにする。
水たまりにスポンジをひたしては、しみこんだ水をバケツにしぼるんだ。
それ自体は、別に重労働でもない。
水たまりが、みるみるなくなっていくのをみるのが面白いくらいだ。
ただ、おや?と思ったことはあってさ。
俺は、チームの子どもたちの中に入って、いっしょにスポンジを水たまりにひたしていた。
スポンジなんて、水たまりにひたしたら、あっという間に水を吸い込む。
なのに、子どもたちの動きが妙に鈍いんだよね。
おしゃべりしながら、
「あー、握力なくなってきたよ」
なんて言いながら、ポイとスポンジを水たまりに投げては、しばらく待ち、ちんたら拾い上げて、バケツにしぼっている。
その横で、俺がスポンジを水たまりにいれ、水を吸い込んだら、すぐにバケツにしぼるということを繰り返している。俺が数回しぼるうちに、彼らはやっと一回しぼるという感じだった。
彼らが1回しぼるうちに、俺は2、3回水をしぼってたんじゃないかなぁ。
遠くから監督さんが、
「おい、いつまでたっても、終わらんぞ!」
と声をかけてはいたんだけど。
バケツに水がいっぱいになったら、バケツをもってグランドの隅の排水溝に行き、水を流してはまたもどってきてしぼる。
バケツに水を捨てに行ってくれる子もいるんだけど、俺がとっとと行って、捨てに行くということも数回あった。
別に怒るとか、そういう次元の話でもない。
ただ、これから自分たちが試合をやるグランドをつくるのに、このダラダラ感はないな、というきがしたんだよね。
彼らに悪意はない。
ただ、緊張感なく、のほほんと言われたことをしているだけなのだろう。
あとで、妻から様子を聞くメールが入り、その話を送った。
妻からの返事は、
公立中学の教育が悪いんじゃない?向上心、ないよね。
なんて返ってきた。
その子たちがどうこういうんじゃないんだ。
このとき感じた緊張感のなさというか、なにか俺が部活とかやってときに、「こういうものだ」と思っていた感覚が欠落しているように感じた。
それは、自分の子のshu-2にも感じるところはあってさ。
shu-2は別のところにいたから、このときの動きがどうだったかは、わからない。
ほかの子よりあとから入会した補欠というポジションからか、むしろこの場はきびきび動いているようには見えたけどさ。
この場面だけじゃない、ふだんの生活の姿勢というか、試験前でもなんとなくのほほんとした空気とか、共通するものを感じたんだよね。
それはなんだろう。
妻に言わせたら、向上心のなさ、ということになるのかもしれない。
ハングリーさがない、とか、ハングリーさが必要というつもりもないんだ。
昔、夢枕獏の『餓狼伝』だったか。小説を読んでいる中で、ある人物が言ったことが思い出される。
俺はハングリーっていうのが、きらいでね。ハングリーさでのし上がってきた奴がチャンピオンになって、豪邸に住んで嬉しそうにしているのをみると・・・
なんてことを言ってたと思う。
ちがうマンガだったかな。
ハングリーさでのしあがると、満たされた瞬間に強さを失うという話だったと思う。
ただ、shu-2をはじめ、彼ら野球好きな子どもたちが、野球に打ち込むのはハングリーさ、お金や名声、プロになりたい、という強い欲求ではないのはわかる。
それが必要と言っているわけでもない。
ただ、反対に何かが欠落してるような気もするんだよなぁ。
なんだろうね。
shu-2はといえば、この日の第一試合に出してもらった。
空振り三振、という場面もあったが、3打席中、2打席目でヒット。
取られるかと思ったら、早くに落ちて、ヒットになった。
うれしい経験になったんじゃないかな。
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