先日、っていうか昨日、安部公房の『壁』を読み終えた。
kindleの読み上げ読書でね。
よくわかんなかった、というのは昨日の日記で書いた通り。
ある朝、男が目を覚ますとなにやら違和感がある。
不思議な気持ちでなんでだろうと考えていると、自分が名前を忘れていることに気づくんだ。
あれぇと思いながらも会社に行くと、自分の名刺が自分の顔をしてデスクに座っている。
同僚で中のいいY子とのやりとりがあったり、病院に行ったらエキセントリックな医者が、
それはいつからの症状ですかな?とか、助手に向かって、今のをちゃんと書いておくように、だの、そこはメモしなくていい、だの偉そうにしゃべっている。
やがては裁判になり、証言に立つのはメガネとか、なにやら人間でないものの名前がついた存在ばかり。
Y子とのやり取りの中で、Y子がマネキン人形になったり、いや本物のY子はどうこう、なんて話になったり、どんどんおいて行かれていく気分。
わけのわからなさに首をかしげながら読み進めると、いつの間にか狸の話になっており、あぁこれは狸がバカしていた話だったのか・・・と思いかけて、ちがう、これは『壁』の話が終わってちがう話になっていたんだと気づく。
気づいたころには、狸の話は終わって、チョークでいろいろなものを現実化する男の話にかわる。
このあたりになったら、話が変わったことにすぐ気がついた。
男はチョークでごちそうを出したり、女性を出したりするんだけど、その女性からチョークを半分ほしいといわれ、わたすと女性がそのチョークでピストルを書いて男を脅す。
やがて女性も男も消え、誰もいなくなったところに近所の人がのぞきにきて、やれやれ迷惑な男だったなんて話で次の話に向かう。
次の話では、ネズミの肉で事業をする男が、夫婦喧嘩というか妻からの小言に辟易して殺してしまい、その肉をミンチにしてソーセージか何かを作ってまわりにふるまうと、うまいうまいと大人気になり、人口増が社会問題化していた時代背景もあってか、男の事業は大繁盛してどうこう・・・
という話を読んでいたら、いつのまにか解説になっていた。
読み上げ読書を聞いている頭の中というと、まぁこんな程度だ。
いや、聞いているときはある程度話に入っていると思うんだけど、読み終わった後結局なんだったんだろうと思い返すと頭の中に残っているのは、こんな程度だ。
こんな程度でも、まぁなにも読んでいないよりも楽しんだかなぁとは思うんだけどね。
こうしてふりかえってみて、改めてもう一回読み返してみようかなと思う。
それだけの存在感はある作品だった、ということで。
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