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2025年09月19日07:14

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クルマ0498 3ヶ国合同(NASH HEALEY)

1910〜16年にGM(General Motors)の社長を勤めたアメリカの自動車業界人Charles Nash(チャールズ・ナッシュ)は、GMを辞した後の1917年にNash Motors Co.(ナッシュ自動車)をウイスコンシン州ケノーシャに設立します。そして1937年に家電メーカーのKelvinator(ケルビネーター)と合併してNash-Kelvinator Co.(ナッシュ-ケルビネーター社)になり、1951〜54年にイギリスのDonald Healey Motor Co.(ドナルド・ヒーレー自動車)と協業してナッシュ・ヒーレーを生産しました(「戦後初のアメリカ製スポーツカー」と言われています)。
1950年10月にパリ自動車ショーでプロトタイプが展示され、翌1951年2月のシカゴ自動車ショーで生産型がデビューしました。同時期のマイアミ自動車ショーにも出展されています。

初年度(1951年)のモデルはLen Hodges(レン・ホッジス)がデザインしたアルミニウム製ボディを纏っていました。

https://images.app.goo.gl/Hmkd8tGFMRocCJ4v5

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しかし1952年、イタリアのカロッツェリア(コーチビルダー)、ピニンファリーナ社のAdriano Rabbone(アドリアーノ・ラボーネ)がリデザインした後期型に替えられます。生産もアメリカ・ウイスコンシン州だけでなく、イギリスのウォリックシャー、イタリアのトリノで行われました。米英伊3ヶ国合同というワケです。

https://images.app.goo.gl/jjojm6A4ZazuPyHS9

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後期型はボディがスチール製になりました(ボンネットとトランクリッドはアルミ)。顔付きが異なることやフロントウインドウが平面(V型)から曲面ガラスに替えられていることが目を引きます。

ホイールベース2591・全長4337・全幅1626・全高1219mm、車重1089kgのナッシュ・ヒーレーはクーペも作られました。

https://images.app.goo.gl/sqBjjUoL8bi7TZaq6

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ヒーレーの手になる梯子型シャシー(サスペンションはフロントが独立懸架・リヤがリジッド)に、軽量アルミの高圧縮シリンダーヘッドなどでヒーレーがチューニングしたナッシュ製直列6気筒OHVエンジンを搭載していました(1951〜52年は3.85リットル125馬力、1953〜54年は4.1リットル140馬力)。ボルグワーナー製3段ギヤボックス(オーバードライブ付)を介してリヤを駆動しています。

https://images.app.goo.gl/UGpEeMrAx56wjE6z8

室内を覗くと、1951年式はセパレート・シートの2座です。

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しかし、リデザインされた1952年はベンチシートに替えられました(��3座)。

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ナッシュ・ヒーレーはコンペティション、特に耐久レースで優秀な成績を収めています。
特筆すべきは、1952 年のルマン 24時間耐久レースでゼッケン10をつけたLeslie Johnson(レスリー・ジョンソン)/Tommy Wisdom(トミー・ウイズダム)組が2台のメルセデス・ベンツ 300SLに次いで総合3位を獲得したことです。

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このクルマは完全にレストアされ、現代のヒストリックカー・レースを走っています。

https://images.app.goo.gl/291xbJ8k4qdLkAwh7

ナッシュ・ヒーレーは1951〜54年に506台作られました。他にプロトタイプやレース車輌などが14台あったとされています(合計520台)。
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