平安宮後宮の中心 ― 弘徽殿跡石標
平安宮(内裏)の後宮にあった建物のひとつに弘徽殿(こうきでん)があります。規模は東西2間(庇・孫庇を含めると5間)、南北7間(庇を含めると9間)に及ぶ堂々とした造りで、主に中宮や女御の居所として用いられました。
当初は皇后や女御のための御殿でしたが、宇多天皇のころから清涼殿が常御所(天皇の日常生活の場)とされるようになると、清涼殿に最も近い弘徽殿は、後宮の中心的役割を担う建物として重要視されるようになります。
また、弘徽殿は文学の舞台としても有名です。『源氏物語』では、隣接する飛香舎と並んで物語の重要な場面に登場し、雅やかな宮廷生活や人間模様を彩る背景として描かれています。
現在、この弘徽殿の跡を示す石標が建立されています。これは、平安宮一本御書所跡や内裏綾綺殿跡、承香殿跡、宜陽殿跡などとともに、平成18年から20年にかけて全京都建設協同組合の創立五十周年記念事業として建立された11基の石標のひとつです。
石標は、かつての平安宮の壮麗な空間を現代に伝える静かな証人です。歴史の表舞台で活躍した弘徽殿の存在を思い起こしながら、『源氏物語』の情景を重ねてみるのもまた一興でしょう。
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