弊社の所在地は東京都文京区の湯島と本郷の境辺り。
神田明神も湯島天神も不忍池も岩崎邸もすぐ近くです。
そして今の勤務先に入社したのが平成5年末なので(厳密には今とは別会社ですが)、湯島本郷界隈勤務となって、既に31年を越えました。
さて
私は道路脇の掲示板も普段から眺めている方ですが、最近気になっていたのがこちら。
湯島天神宝物殿、そして岩崎邸隣接の国立近現代建築資料館での催事です。
どちらも来月までの期間限定であり、双方の位置は目と鼻の先ですから、1日で両方行く事が出来て効率的!
国立近現代建築資料館というのは最近知ったばかりですが、実は岩崎邸も湯島天神宝物殿も前は通っても行った事は無し…
湯島本郷界隈歴30年を越えて、漸く行く事が出来る(@ ̄□ ̄@;)!!
この日、千葉のマニアックな場所の探索する予定でしたが、雨天の為そちらは延期、期限が有るこちらに急遽行く事にした訳です。
残念なのは、宝物殿も岩崎邸も資料館も写真不可な事が多く撮れたのはほんの僅か。
なので、それら僅かの写真とリーフレットを載せておきます。
先ずは湯島天神。
確かに宝物殿の扉が開いている(@ ̄□ ̄@;)!!
初めて見ました!
一階は受付、そして御神輿が置かれています。
ここのお祭りで使用されているのがこれらの御神輿なのでしょう。
階段を下りると意外に広いスペースが!
と言うか、ここに地下室が有るとは驚きです(@ ̄□ ̄@;)!!
こちらが今回の催事「江戸の天神信仰」です。
何故か、刀だけは撮って良いとの事でした(´・ω・`)ナンデ?
ついでという訳ではないですが、天神様境内も歩きます。
こんな祠が有ったんだ!
天神様=菅原道真と言えば、やはり梅ですね!
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花
主なしとて 春な忘れそ
の歌、そしてそれに答えて一夜にして大宰府まで飛んで行った飛梅の話は有名です(真偽はともかく)。
男坂を下った左手には湯島聖天、湯島天神と縁が深かったのですが、明治の神仏分離により湯島天神と離れ、天台宗の寺院として再出発したという事のよう。
春日通りを渡ると、岩崎邸はすぐ目と鼻の先。
邸宅や庭園は本郷台地上であり、池ノ端の低地から登って行くと洋館が目に飛び来んで来ました。
その傍らには撞球室、つまりビリヤードの為の離れが有り、なんと地下通路で結ばれているそう(@ ̄□ ̄@;)!!
と言っても、壁の一部を押すと現れる秘密の入口という訳ではなく、双方の建物内に堂々と階段が口を開けておりました(入る事は出来ない)( ̄▽ ̄;)
洋館内は細々としたところまで、装飾が実に凝っておりました。
休日は平日より写真撮影が厳しく、館内はもちろん庭園もあまり撮れなかったので、撮れたのはこれだけ…
左が洋館、右が撞球室です。
視線を左へ向けて、右が洋館、左は洋館と繋がっている和館。
この連結部は突然洋から和に変わるので、一種のタイムトンネルの気分です。
それと共に天井も低くなりました(笑)
そして隣接の国立近現代建築資料館へ。
ちょうど大阪万博開始の日にここへ帰宅前というのも何やら複雑な気分…
万博記念公園の旧鉄鋼館のエクスポ70パビリオンのような、万博の諸々展示館というのではなく、あくまでも建設という観点での展示です。
1970年の大阪は親に連れていって貰いましたが記憶は殆ど無し、1985年つくば科学万博は有人達と行きました。
1990年大阪と2005年愛知は行っていません。
なるほど…
やはり高度成長期の象徴、実に気宇広大な一大プロジェクトだったんだな!と改めて感じました(◎-◎;)
一見、案外狭いかと思いきや、三重同心円状の展示で、意外に時間かかりました( ̄▽ ̄;)
一日で色々見れて有意義でした!
といったところでお腹が減った為、上野のじゅらくにて遅い昼食を戴きました。
なんと!
大人のお子さまランチというのが有るんですね(@ ̄□ ̄@;)!!
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