mixiユーザー(id:8729247)

2025年03月10日19:52

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こういうのがイヤなんだ

クローズアップ現代でやってるんだけどさ。

宮城県女川町、津波の被害はひどかった。
今は復興してにぎやかで華やかな商店街があるが、
昔の町を知ってるんで、なんだかなぁ、という感じ。
復興しなければよかったとは言わないけど、
この街並みを見てあのときの悲惨な状況はわからないだろうな、と思う。

七十七銀行女川支店では、地震のあと津波を予想して
行員を屋上(建物は2階建て、屋上は地上10メートル)に避難させた。
津波は屋上を超え、たくさんの行員が犠牲になった。
遺族はいう。
すぐ近くにあった高台に避難してたら助かった、なぜ屋上なのか?
裁判は4年で結論が出た。
「屋上を超える津波を予想できなかったので銀行には責任がない。」

ちなみに「すぐ近くにある山」には女川町立病院が立っていた。
今はいろいろ改修されてて当時の面影はないんだけどね。
山の中腹を削って広い駐車場があって、その駐車場の一角に病院ある感じ。
この駐車場に車で逃げて、駐車場から下(海のほう)を見てた人たちがいたが、
津波は病院のある山まで到達し、斜面を駆け上がり、
駐車場にいた人たちを、駐車場の車ごと背後からさらっていった。
病院の中から、窓ごしに見ていた人たちは声もなかった。
まさか山から津波が来るとは、誰も思っていなかった。
http://memory.ever.jp/tsunami/shogen_onagawa.html

だから「すぐ近くにある山に避難してたら」助かったって限らないんだよ。
遺族は、こうすれば助かったああすれば助かった、って言いたい、それはわかる。
でも、裁判の通り、銀行の屋上を波が超えるって誰が思った?
山を駆け上った津波が背後から人をさらう、って誰が予想した?

たったひとつできることがあるとしたら、
今後、万が一同じような災害が起きたとき、どうするか、を
今回の(14年前だけど)被害をもとに考えることだけじゃないかな?
銀行を責めても何にもならない。

追記;
同じような話がいっぱいあってね。
有名なのは大川小学校かな。
でもあの土地の人たちの誰が、海沿いでないこの町で
川を津波がさかのぼってくるって予想しただろうか。
小学生がたくさん亡くなったのはひどい話だが、
学校の先生に未来を見る予知能力でもない限り、予想は不可能だったと思う。
幼稚園バスがこどもを家に返そうと海沿いの道を走って、
津波に襲われさらに火事にまきこまれて小さい子たちが亡くなった話も、
同じだ。
あのときこうしていたら助かった、はあとから考えたこと。
あとから考えたことで「あのときこうしたら助かった」は
今後の悲惨な状況を避けるためには役立つが、
「あのときこうしなかった」人を責めても仕方ない。

追記2;
http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_okawa.html

河北新報社は、釜谷地区はこれまでに津波が到達した記録がなく、住民は大川小学校がいざという時の避難所と認識していたこと、しかも、山と堤防に遮られていて津波の動向が把握できない環境だったこと等が避難を遅らせた要因として挙げた。これらを勘案すると、宮城県も石巻市も昭和三陸大津波レベルなら大川小学校には津波が来ないことを公言し、それ以上の大津波への対応は全く考慮していなかったと言わざるを得ない。もし大津波が来たらここは危険との意識が住民に無かったのはそのためだったと言える。大地震だったにもかかわらず、5分で完了可能な裏山への避難が選択肢の後方へ押し下げられてしまったのは、大川小学校に集まった人々のほとんどに危機意識が欠けていたためであり、そのように仕向けてしまった一因は行政にあったと推察できる。
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