http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html
南三陸町は、町役場のすぐ隣に「防災庁舎」ってのが建ててあってさ。
非常時はそこに避難することになってたの。
中にいろいろ準備品とかあったんだろうね、たぶん(トオイメ)。
そこに地震。大きかったけど終わったよ。5分くらい?もっと短いか。
町役場にいた職員たちは防災庁舎の前で避難者対応の準備をはじめた。
テント建てたり、受付の机作ったり。
そこに津波がどーんと来た。地震発生から約30分。
とにかく上の階に逃げたけど、波は屋上まできたのさ。
屋上の上にあったアンテナになんとかつかまって、町長は助かった。
‥あとで、町長だけ助かるなんて、という言い方した人がいたけどね。
あの状況で、誰かを特別に助けることなんかできないから。
たまたま運良く流されなかっただけだから。
赤い鉄筋の骨組みだけになった防災庁舎は、
残す壊すの議論をさんざん繰り返して
(家族をここで亡くした人間にとっちゃ憎い仇みたいなもんよ。守ってくれなくて。)
(見るとものすごい迫力でね、あとあとまで津波の怖さを伝えるのは間違いなし。)
結局「震災遺構」として残すことになった。
それとは別に、役場勤務してて亡くなった人たちの慰霊碑を役場に建てた、ってこと。
住民全体で亡くなった人たちの名前を刻んだ慰霊碑は、
震災復興公園にちゃんとあるよ。
役場にいた人たちは、ある意味仕事の犠牲になったわけでね。
津波が迫る中、防災無線で最後まで「逃げてください」とアナウンスし続けた
女子職員さんの声、ずっとあとでニュースで聞いたけど、忘れられないよ。
■町の防災対策庁舎などで職員39人犠牲に 南三陸町役場に慰霊碑建立 東日本大震災発生から14年
(TBS NEWS DIG - 03月09日 18:39)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8232417
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